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5月13日(日)『堀江康子 和傘個展』オープニングパーティー幾何楽堂LIVE (夜の部) ■於:日光霧降 幾何楽堂 <主催:創造の扉 実行委員会> ■出演・大石宏子(HIROKO DANCE)・ホッピー神山(ピアノ・シンセ・ヴィジュアル)・原ミドリ(VOICE) ![]() ホッピー神山のピアノ・ソロとセンサーでピアノに呼応するシンセ(ムーグのピアノバー。生ピアノに置くだけで、演奏情報をMIDI信号に変換)によるサウンドと大石宏子の舞踏-HIROKO DANCE-と原ミドリのVOICE、とのコラボレーション! ![]() 撮影 具志堅有美 終演後、皆、興奮覚めやらず口々に「凄い!凄いものを観た」と我を忘れて興奮!夜の静寂の中で感動の余韻を楽しんでいた。この時のパフォーマンスの写真を日光在住の写真家渡辺祥夫氏の御厚意により掲載させていただきましたのでご覧ください。 ![]() ホッピー神山(Hoppy KAMIYAMA)Producer, Keyboardist, composer ![]() 記念すべき初のソロ・アルバム『音楽王』 1996年 PUGSメジャー・デビュー。 同年3月 テキサス州オースチンでS×SW'96(サウス・バイ・サウスウエスト)に参加。ゴージャスで、グラマラスで、パワフルなロック・サウンドが海外でも注目される。 1997年 PUGSアメリカ・デビュー。 同年3月 全米13ヶ所ツアーを行い、各地で話題沸騰。 同年7月 再度渡米し、ロラパルーザ全米イベントツアーに参加。ジョン・スペンサー、 DEVO等と共演。 1999年には、フランスのレーベルSONOREより室内楽を中心としたアルバム「Juice&Tremolo」を発表。90年代以降、東京のart-noise-punk-funk-alternativeシーンを引っ張る重鎮として君臨!また、1993年には自らの名前を冠した「ゴッド・マウンテン ・レーベル」を設立し、世界中のネットワークを築き上げ、新しい才能を発掘、世界に向けて紹介している。 また戸川純バンドのメンバーであり、戸川純のショーの冒頭部分で毎回のようにJazz Rockセッション披露していたメンバー吉田達也とナスノミツルの3人でインプロでプログレに挑むジャズロックバンド「大文字」を結成している。 ◇主な海外共演アーティスト: ジョージ・クリントン、ジョン・ゾーン、メシオ・パーカー、ジーナ・パーキンス、エリオット・シャープ、ヒュー・ホッパー、クリス・カトラー、デビッド・アレン、クレイマー、エイミー・デナイオ、ゴッド・イズ・マイ・コパイロット、ゴング、マグマ、ビル・ラズウェル、ゲイリー・ルーカス、ザ・クリチャーズ、エルトン・ディーン、スティーブ・アルビニ、セバスチャン・スタインバーグ、ダギー・バウン ほか ![]() HOPPY Kamiyama「A Navel City/No One is there」 ![]() HOPPY Kamiyama「~意味のないものは、意味がある~A meaningful meaningnessless」 「戦略的に狙ったものよりは、ごく自然に意味がないようなものの方が、与えられた者にとっては意味を成すことが多い」 (Beckのプロモーションビデオのアニメなどでも話題のアメリカ人アニメーター、e*rockのアニメとコラボレーションしたDVD付 Artworks by Wahon) ![]() ホッピー神山最新作!ピアノ・ソロによる即興レコーディング・アルバム「もしもし、ピアノが弾けますよ If I were the piano」 ◇日光在住の写真家渡辺祥夫氏の御厚意により下記写真を掲載させていただきました。◇ ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() 大石宏子 アメリカ滞在中に玉野黄市と出会い舞踏を学び公演に出演。 その後、大野一雄・慶人に師事。共に世界各国を回る。 その他、いろいろな舞踏家の公演に出演する。 そこにいる人達、自然、音楽とのエネルギーの共感を得ながら あるがまま魂のおもむくままに踊りつづける。 ![]() 『大野一雄 美と力』『御殿、空を飛ぶ。』 ![]() 『KAZUO OHNO/監督:ダニエル・シュミット』『大野一雄 95歳 独り舞 日本心中』 ![]() ◇渡辺祥夫(わたなべよしお◇ 1971年8月16日栃木県鹿沼市生まれ 2004年7月 独学で写真を始める。 2005年1月 しかしそれに限界を感じ、写真の基礎を学ぶ為キヤノンフォトサークル 入会。 2005年4月 より一層の知識と技術の向上を目指し、キヤノンフォトクラブ栃木支部 入会。 そこで現在の先生である大山謙一郎(プロ写真家)、渡辺祥 二(栃木支部長)と出会う。 現在も修行中。 2005年11月、2006年12月 サトーカメラ本店にてグループ展を行う。 2007年3月 第10回しもつけ写真大賞入選。 現在に至る ![]() エリック・ロメール映画の個性派女優!アリエル・ドンバール ![]() 『アモール・アモール/アリエル・ドンバール Arielle Dombarle/Amor Amor』 ★アリエル・ドンバールは、映画・TV・舞台・歌と多彩ぶりを発揮する個性派女優で、エリック・ロメール監督の常連(『海辺のポーリーヌ』(83)、『木と市長と文化会館(92)』他 計4作に出演)としても知られる他、ロマン・ポランスキー、ダニエル・シュミット、寺山修司等の作家映画からアメリカのTVミニシリーズ「レース」に至るまで、幅広いジャンルの作品に出演するなど、フランス映画ファンにはのおなじみのベテラン女優です。歌う銀幕女優は、おフランス女優のお家芸ですが、なんとアリエル・ドンバールがラテン・オールデイズの名作を歌っています。エレガントなソプラノ歌唱にレトロな演出は、女優ならではの妖しい雰囲気が漂ってオヤジ好みの大傑作となっておりますぞ!「ベサメムーチョ」「ペルフィディア」「アマポーラ」「ソラメンテウナベス」「キエレメ」等ルンバボレロを中心に「キエンセラ」を含む7曲がデモポップラテン。実は、彼女メキシコ育ちなんですね!メキシコへの想いをこめてラテン・ナンバーを全てスペイン語で歌って超セクシイ!本国フランスでは20万枚を超えるヒット作となり、ボーナス映像などを加えた2枚組の豪華ヴァージョンも発売されている。こだわりのMONO録音盤! ![]() 「アモール・アモール/アリエル・ドンバール」 1 Amor Amor(アモール・アモール) 2:41 2 Quizas,Quizas,Quizas(キサス・キサス・キサス) 2:43 3 Quien Sera(キエン・セラ) チャチャチャ 2:44 4 Besame Mucho(ベサメ・ムーチョ) ルンバ 3:37 5 Perfidia(ペルフィディア/愛の裏切り) ルンバ 3:01 6 Cuando Calienta El Sol(太陽は燃えている) 3:03 7 Rhum And Coca-Cola(ラムとコカコーラ) 2:48 8 I Wish You Love(アイ・ウィッシュ・ユー・ラブ) ルンバ 3:43 9 Solamente Una Vez(ソラメンテ・ウナ・ベス) ルンバ 3:04 10 Amapola(アマポーラ) ルンバ 2:35 11 Whispering(ささやき) 2:13 12 Quiereme(キエレメ) ルンバ 4:10 13 As Time Goes By(時の過ぎゆくまま) 2:03 14 Quizas,Quizas,Quizas(キサス・キサス・キサス/デュエット with フリオ・イグレシアス) 2:50 15 Laura(ローラ) 2:28 ![]() ![]() ![]() ![]() 【アリエル・ドンバール フィルモグラフィー】 ■ フューチャー・ゲーム (2001) ■ 宮廷料理人ヴァテール (2000) ■ 倦怠 (1998) ■ 新・メグレ警視/美術商ミスター・オーエン (1997) <TVM> ■ デザート・オブ・ファイアー (1997) <TV> ■ 三つの人生とたった一つの死 (1996) <未> ■ 恋の力学 (1995) ■ 百一夜 (1994) ■ 僕は、パリに恋をする (1994) ■ スピリット・オブ・ファイヤー/邪教都市 (1994) <TVM> ■ 季節のはざまで (1992) ■ 木と市長と文化会館/または七つの偶然 (1992) ■ 禁断のつぼみ (1989) ■ 新80日間世界一周 (1989) <TVM> ■ ベーゼ/崩壊の美学 (1989) ■ レプスキー危機一発/ロシア皇帝の秘宝 (1989) ■ レディ・ブルー/愛欲 (1988) <未> 監督 /脚本 /出演 ■ エリザとエリック (1987) ■ 愛と復讐のヒロイン (1986) <TVM> ■ ブロンドはお好き (1986) ■ フィービー・ケイツの レース II (1985) <TVM> ■ ガーターベルトの夜 (1984) ■ フィービー・ケイツの レース (1984) <TVM> ■ 海辺のポーリーヌ (1983) ■ 囚われの美女 (1983) ■ サン・ソレイユ (1982) 主題歌 ■ 上海異人娼館/チャイナ・ドール (1981) ■ 美しき結婚 (1981) ■ テス (1979) 出演 ■ 暗黒街のふたり (1973) ■ ホーリー・マウンテン (1973) ![]() DVD『En Concert /Arielle Dombasle』国内未発売!入手困難 メキシコのチャチャチャ、キューバのルンバ・マンボ、ブラジルのサンバ・ボサノバ、アルゼンチンのタンゴなど、おっしゃれ~なラテン音楽!これを聴いただけで体が自然とリズムを取って踊りだすアナタは立派なラティーナ、ラティーノ。アリエル・ドンバールの、スレンダーながら見事な肢体で子供のように心から楽しげにピョンピョン踊りまくるダンスは見もの!特典のビデオクリップは流石女優さん、美っつくし~!超・coquettish!とても50過ぎの肢体とは思えましぇん!スタンダードな名曲のオンパレードにご機嫌も麗しくなること請け合い!でもDVDは国内未発売、入手困難だもんね。ま、レゲエど頭の兄ちゃん、姉ちゃんを苦々しく思うビターでメロウなラテン・フレーバーでホアキン・コルテスばりの大人の恋愛中の諸兄々に超オ・ス・ス・メ! ![]() ![]() ![]() <<アリエル・ドンバール プロフィール>> 1954年4月27日、アメリカ合衆国コネティカット州生まれ。まさかの52歳!ちなみに、新婦じゃない新譜も出して、いまだ咲き誇る♪ジェーン・バーキン♪姐さんは、1946年12月14日英国ロンドン生まれの、御歳60歳!万歳! 本名、アリエル・ソヌリー・ド・フロメンタル。祖父が駐メキシコ大使、父が外交官だった関係で、1~18才をメキシコで過ごした。その地で、オクタビオ・パスやガルシア・マルケスと交流を持つ。パリのコンセルヴァトワールで声楽を学ぶことになり、フランスへ帰国。コンセルヴァトワール卒業後、『聖杯伝説』のオーディションに応募したことから、ヌーヴェル・バーグの巨匠エリック・ロメール監督に見初められ、女優に転身。以来、ロメール映画の重要な登場人物となり、個性派女優としてロマン・ポランスキー、ダニエル・シュミット、寺山修司ら錚々たる映画作家の作品にも出演。彼女の名が最も世界に知れわたったのが、1983年、エリック・ロメール監督の『海辺のポーリーヌ』。1998年に公開された『倦怠』(セドリック・カーン監督)では、セザール賞助演女優賞にノミネートされた。シリアスな役からコメディまで幅広くこなすだけでなく、ロメールの協力を得て、自ら監督、脚本、主演をこなし、その他舞台にも挑戦するなど多才ぶりを発揮。ソプラノ歌手としてバロック歌曲のリサイタルを開いたり、ミュージカルでも活躍し、これまで2枚のアルバム(”La Liberta”, “Extase”)を出している。私生活では、フランスを代表する哲学者・作家のベルナール=アンリ・レヴィ(Bernard-Henri Levy)氏の妻として有名。 ![]() ![]() <Eric Rohmer> ![]() 『海辺のポーリーヌ / Pauline a La Plage』(1982) 出演:アマンダ・ラングレ / アリエル・ドンバール / パスカル・グレゴリー/ フェオドール・アトキン ![]() ![]() ![]() エリック・ロメール“喜劇とことわざ”シリーズの第3弾。 ”言葉多き者は災いの元” ~クレチアン・ド・ドロワ 15歳の少女が経験する、ひと夏のヴァカンスの出来事。「アリエル・ドンバールは、15歳の少女ポーリーヌ(アマンダ・ラングレ)の年上の従姉妹マリオンを演じ、”エスプリの玉手箱”のようなロメール映画にコケットな魅力を添えた。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() 『美しき結婚 / LE BEAU MARIAGE』(1981) 出演:アマンダ・ラングレ / アリエル・ドンバール / パスカル・グレゴリー/ フェオドール・アトキン 5エリック・ロメール“喜劇と箴言”シリーズの第2弾。 ”どんな心も 野で獲物を追い 空中に楼閣を建てる” ~ジャン・ド・ラ・フォンティーヌ 打算的な若い女性が理想の男性(独身の弁護士!)を一方的に追い回し、自己中のあまり失恋する恋愛喜劇。アリエル・ドンバール姐さんは、お医者様と結婚して玉の輿(原題の意味)に乗り、好きな絵の仕事を続けている友人を演じ、お金も愛も手に入れてセレブになった勝ち組女を軽やかに演じて余裕の美しさを魅せるぞ!U^ェ^U(実生活では、アリエル・ドンバール姐さんは、フランスを代表する哲学者・作家のベルナール=アンリ・レヴィ夫人だもんね。)撮影は24時間耐久レースで有名なルマンを中心に行われ美しい石畳の街並みが美しく、ワイヤレスマイクを駆使しての同時録音がとてもリアルな会話が演出効果をたかめてます。フランス・シネマ大賞受賞。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() 『倦怠』(アルベルト・モラヴィア原作 L'Ennui, 1998) ![]() 監督:セドリック・カーン 出演:シャルル・ベルリング、ソフィー・ギルマン、アリエル・ドンバール ![]() 大学の哲学教授マルタンは、妻に出て行かれて以来、甚だしい鬱状態にある。そんな中、奇妙な縁からひとりの若い娘と出会った。或る老画家の死に密接に絡む娘だ。老画家との話に引かれたマルタンだったが、娘と濃密な性愛の日々を送るうちに、自分を抑えることが出来ないまま、いつしか死んだ画家の後釜になりつつあった。マルタンにとって、無垢と無関心の間を行き来する娘は、数ヶ月が経ても、不可解さだけが募る存在だった。別居中の妻は、そんな夫の冷酷な聞き役となり、この熱情劇の特別な観客となる。だがやがて、文字通り熱情に駆られたマルタンは、自分の中にあった確信めいたものを、ひとつ、またひとつと尽く打ち砕かれて行くのだった。(その年最も革新的な作品に贈られるルイ・デリュック賞(1998)を受賞した傑作、「カイエ・デュ・シネマ」誌年間ベストテン7位) ![]() ![]() 寺山修司『上海異人娼館/チャイナ・ドール (1981)』 ![]() 上海の娼館を舞台に一人の美しい娼婦“O”とステファン卿との倒錯の愛を描く。製作総指揮は、『愛のコリーダ』『ブリキの太鼓』の連作で世界の耳目を涌かせた仏制作者アナトール・ドーマンとヒロコ・ゴヴァース、製作は九條映子、監督・脚本は『ボクサー』の寺山修司。原作は『O嬢の物語』のポーリーヌ・レアージュ、撮影は鈴木達夫、音楽はJ・A・シーザー、編集はアンリ・コルピ、美術は山下宏、衣裳はカイジック・ウォン、グラフィック・デザイナーは合田佐和子、ナレーターはジョルジュ・ウィルソンが各々担当。 ![]() 出演は怪優クラウス・キンスキー、イザベル・イリエ、アリエル・ドンバール、ピーター、新高けい子、山口小夜子、高橋ひとみ、大野美雪、中村研一、石橋蓮司、藤田敏八など。 ![]() ![]() ![]() ロメール『緑の光線/LE RAYON VERT』(1986) その時、水平線に沈もうとする太陽が、最後の緑の光線を放つ。・・・・・感動のラスト・シーン! ![]() はらりと落ちた半券。誰と行ったか覚えてるけど、覚えてない?! ![]() アンジェイ・ワイダ 監督作品 『灰とダイヤモンド(1958年 ポーランド)』 松明のごとくわれの身より火花の飛び散るとき われ知らずや、わが身を焦がしつつ自由の身となれるを もてるものは失わるべきさだめにあるを 残るはただ灰と、嵐のごとく深淵におちゆく混迷のみなるを 永遠の勝利の暁に、灰の底深く 燦然たるダイヤモンドの残らんことを チプリアン・カミユ・ノルヴィッド「舞台裏にて」 マチェクとクリスチーナが雨宿りのために飛び込んだ教会の墓碑名に刻まれていた弔詩。 2虫ケラのように弾丸を浴び、真っ白なシーツに血が滲んで、自分の血の臭いを嗅ぐ・・・ラスト、路傍の巨大なゴミ捨て場の中で、喘ぎながら息絶えるマチェク。ゴミ捨て場で胎児のように身体をまるめての壮絶な悶死……。その克明に描かれるマチェクの空しい死に様は、崇高な悲劇のようであり、観る者を絶句させずにはおかないほどの鮮烈な記憶を残した。フレームのすみずみまで配慮のいきとどいたモノクロームのスタンダード画面が美しく映え、光と影のコントラストが実に鮮やか!祖国ポーランドへの愛国心に燃えて生きた若者たちの魂に捧げられた金字塔的傑作! 「灰とダイヤモンド」のテーマ曲、オギンスキの「ポロネーズ」の物哀しい旋律が私の頭を駆け巡る。 ![]() アンジェイ・ワイダ 監督作品 『灰とダイヤモンド(1958年 ポーランド)』 監督・脚本:アンジェイ・ワイダ 原作・脚本:イエジー・アンジェイエフスキ 出演:ズビグニェフ・チブルスキ、エヴァ・クジジェフスカ イエジー・アンジェイエフスキーの同名小説を彼自身とアンジェイ・ワイダが共同で脚色し映画化。二十八歳で監督デビューし、三十歳で映画史上に残る名作「灰とダイヤモンド」をものした。青年の孤独な生と死を通して、戦後ポーランドが辿った過酷な運命を描いた、アンジェイ・ワイダによる戦争3部作の一作。ベネチア映画祭国際批評家連盟賞受賞。1950~70年代にかけ、その社会性と芸術性の高さで欧州映画の中でも異彩を放っていたポーランド映画の傑作群の中でももっとも忘れがたい作品。フランスのヌーヴェルヴァーグ勢同様、世界の映画界に強烈な新風を吹き込んだポーランド映画。アンジェイ・ワイダ、イエジー・カワレロヴィッチ、アンジェイ・ムンク、ロマン・ポランスキーらが著名だが、その中でも、祖国ポーランドにとどまり、徹底してポーランド社会にこだわった作品を産み出し続けた監督が、アンジェイ・ワイダである。 アンジェイ・ワイダ 監督はこの映画を彼が青春時代を過ごした「戦争時代を後世に語り継ぐ事」であり、「生き残ったものが死者に対して送るレクイェムであり、責務でもある。」とも語っている。 ![]() 主人公のマチェクを演じたズビグニェフ・チブルスキー! その黒い眼鏡に細いズボンは一世を風靡し「東欧のジェームス・ディーン」と呼ばれた! 舞台は、1945年。終戦直後の焦土と化したポーランドのとある町。ナチス・ドイツが撤退した直後のポーランド。まだソ連系共産党の支配を受けていない混沌とした時期である。大戦中は対ナチスレジスタンス運動をしていた主人公マチェク(ズビグニェフ・チブルスキー)は、ワルシャワ蜂起で多くの仲間を失っていた。マチェクは、祖国の自主独立を目指し、ソ連傀儡政府に抵抗する組織の活動員として、政府側の要人シチュカの暗殺という任務を遂行しようとしていた。その一日の午後から次の朝までの時間....一気に語られる悲劇的な愛と暴力の物語。 ![]() 第2次世界大戦末期、右派主導のワルシャワ武装蜂起は失敗に終わった。その挫折感からサングラスをはずさないマチェックは戦後、反共テロの殺し屋に身を持ち崩していた。 ![]() ところがマチェックは、かつての同志でソ連系共産党地区委員長(労働者党書記)シチュウカの暗殺を実行するが、誤って別の男2人を殺してしまう。マチェックの属する地下組織はさらにシチュウカの暗殺指令を発する。 ![]() 党書記が泊まるホテルの隣室を借り、機会を窺うマチェクは、ホテルのウェイトレスのクリスティナ(エバ・クジジェフスカ)と恋におち、あわただしく、思いもかけない情事をもつ。マチェクははじめて、生まれ変わり、暗殺指令を放棄しようとまで思う愛を発見する。 ![]() 「生き方を変えたい。今から普通に生きたい。今わかったことが昨日わかっていたら..... 人殺しはもういやだ。生きたいんだ。」 ![]() マチェクは、クリスティナと夜の町を彷徨います。地下墓地の入り口で雨宿りをする。クリスチーナが木版に彫られた詩を読みあげます。 「先が読めないわ」 「‐永遠の勝利のあかつきに 灰の底深く さんさんたる ダイヤモンドの残らんことを‐」 マチェックは、続きを暗誦する。 「きれいね。灰の底深く、ダイヤモンドの残らんことを。……私たちは何?」 「君か? ダイヤモンドさ」 ![]() 地下墓地の奥には天井から逆さづりになった十字架が、わずかに揺れてる。十字架の向こう側には、十字架といっしょに逆さづりになったキリストの頭や手が垣間見える。 逆さ吊りのキリストを前にして、マチェクは言います。 「あのね。変えてみたいものがある。生き方を変えたい。うまく言えないけど」 「いいわ。大体わかる」 しかしマチェクには時間がなかった。明朝までに、共産党幹部を暗殺しなければならなかったのだ。 ![]() <映画の背景となったワルシャワ蜂起> ワルシャワ蜂起とは、第二次世界大戦中ナチス・ドイツ占領下のワルシャワで起こった武装蜂起である。 1944年、ソビエト軍によるバグラチオン作戦の成功によりナチス・ドイツは 敗走を重ねた。解放地域がワルシャワ付近に及びそれに呼応するような形で8月1日、ワルシャワで武装蜂起が行われた。しかしながらソビエト軍はその進軍を止め、イギリスの度重なる要請にも関わらず蜂起を援助する姿勢を見せず、イギリスによる支援も妨害した。その妨害が除かれた時はすでに手遅れな状態であり、ドイツ軍による懲罰的攻撃によりワルシャワは徹底した破壊にさらされ、レジスタンス・市民約22万人が虐殺され、10月3日鎮圧された。死亡者数の推定は18万人から25万人の間であると推定され、鎮圧後約70万人の住民は町から追放された。 生き残った少数のレジスタンスは地下水道に逃げ込み、ソ連軍進駐後は裏切ったソ連を攻撃目標とするようになり、共産政府樹立後も、要人暗殺未遂などしばらく混乱が続いた。 ワルシャワ蜂起を題材とした作品は、アンジェイ・ワイダ監督の三部作『世代』『地下水道』『灰とダイヤモンド』をはじめ、ロマン・ポランスキー監督の『戦場のピアニスト』(2002年、フランス・ドイツ・ポーランド・イギリス映画)などが知られる。 ![]() <Andrzej Wajda> 「私が何故この二本の映画(『地下水道』『灰とダイヤモンド』)を作り、何故これらの作品が私の最初の映画でなければならなかったのか……という質問を、私自身にも発しているのですよ。(中略)私はワルシャワ蜂起に参加しませんでした。戦後、私はクラクフの美術学校に入学しましたが、そこでの人々は、戦争体験はなく、美術に熱中していました。 一方で、私と同じ世代のある人々は、戦争という状況を生き、戦争という悪を見、恐怖の中で苦しみました。私は何も体験していません。そこで私は、何とかして償いをしようと決心しました。私は、私のかたわらを通り過ぎて行った戦争という歴史的事件の体験を、他の人々と共有出来ないことで深く恥じ入っていたのです。私は映画で戦争を追体験することにより、私の個人史の中での空白のページを埋めようと考えました」(アンジェイ・ワイダ) ![]() 「彼(マチェク)は、例えそれが苦渋に満ちた決断であろうとも、武器を捨てるよりは殺人を選ぶのだ。自分自身を、そして人目につかぬよう隠し持たれた必殺必中のピストルだけを頼りにした世代に典型的な振る舞いだ。私は彼らのような不撓不屈の若者達を愛する。彼らを理解する。私のささやかな映画は、彼らの世代(私もそこに属する)が生きた複雑で困難な世界を、観客の前に開示しようとするものである」(アンジェイ・ワイダ、1958年) ![]() 1926年3月6日、ポーランド北東部のスワルキに生まれたワイダ氏は、13歳でドイツ軍の祖国侵略にあい、16歳のころから反ナチズム抵抗運動に参加した。 解放後はクラフクの美術アカデミーで絵画を学び、ウッジの国立映画大学で演出を学んだ。ワイダ監督をはじめ、アンジェイ・ムンク、ロマン・ポランスキーら、 世界的な映画作家を次々と輩出してきた。1954年卒業後、『世代』、『地下水道』、『灰とダイヤモンド』の抵抗3部作とよばれる連作で、戦中戦後の祖国同胞の悲惨な体験に題材をとり、戦うこと、生きることが人間をどのように動かしてゆくかを鮮烈な映像に刻み、世界的な反響をよんだ。これらをリアリズム系列とよぶならば、ワイダ氏はまたロマンティシズムの系列とよぶべき作品があって、『夜の終わりに』、『白樺の林』、『ヴィルコの娘たち』などで青春の傷みや安らぎをうたった。さらにまた、『灰』、『天国の門』、『約束の土地』、『ダントン』等では、時代をさかのぼって人間の欲望と挫折を描いた。以後は文学の映画化や虚空の世界を描くようになるが、81年の戒厳令で映画人協会会長の座を追われ、祖国での映画製作ができなくなり、フランスやドイツの協力で作品を撮りつつ、86年の「愛の記録」でポーランド映画界に復活した。一方、59年から始めた舞台演出も、映画監督と同等の比重を占めている。日本でも、88年にドストエフスキーの『白痴』を舞台化した「ナスターシャ」を坂東玉三郎主演で、90年秋にはクラクフ・スターリー劇場の「ハムレット」が上演されている。 87年に京都稲盛財団の第3回京都賞を受賞したワイダ監督は、ポーランドの若者たちに芸術的な刺激を与えたいと賞金4500万円を全額基金にして、クラクフに眠る約一万点の日本美術品の展示場をつくることを提案。その熱い思いに打たれて、日本でも募金に13万人以上が参加し、94年11月、クラクフ日本美術技術センターが完成した。京都賞の他にも世界の多くの賞を受けている。95年日本政府より勲三等旭日中綬章、96年、高松宮殿下記念世界文化賞。98年には、ヴェネチア国際映画祭金獅子賞(名誉賞)を受賞。2000年のアメリカ・アカデミー賞特別名誉賞の受賞は記憶に新しい。 ![]() 【フィルモグラフィー】 1954年 「世代」 1957年 「地下水道」(カンヌ国際映画祭審査員特別賞) 1958年 「灰とダイヤモンド」(ヴェネチア国際映画祭国際批評家連盟賞) 1959年 「ロトナ」 1961年 「夜の終りに」「サムソン」 1962年 「シベリアのマクベス夫人」「二十歳の恋」 1965年 「灰」 1967年 「天国への門」 1968年 「部品の寄せ集め」 1969年 「すべて売り物」「蝿取り紙」 1970年 「戦いのあとの風景」「白樺の林」(モスクワ国際映画祭金メダル賞) 1972年 「ピラトと他の人たち」 1973年 「婚礼」 1975年 「約束の土地」(モスクワ国際映画祭金賞) 1976年 「境なす影」 1977年 「大理石の男」(カンヌ国際映画祭国際批評家連盟賞を受賞) 1978年 「麻酔なし」 1979年 「ヴィルコの娘たち」 1980年 「ザ・コンダクター」 1981年 「鉄の男」(カンヌ国際映画祭パルム・ドール) 1982年 「ダントン」(ルイ・デリュク賞、セザール賞監督賞) 1983年 「ドイツの恋」 1986年 「愛の記録」 1987年 「悪霊」 1990年 「コルチャック先生」 1992年 「鷲の指輪」 1994年 「ナスターシャ」 1995年 「聖週間」(ベルリン国際映画祭銀熊賞) 1996年 「ミス・ノーボディ」 1999年 「パン・タデウシュ物語」 ![]() <Zbigniew Cybulski> 1927/11/03 - 1967/01/08 マチェクを演じたチブルスキーは、1967年、四十歳の若さで早逝。ワルシャワ行きの列車に飛び乗ろうとして、ホームとの間にはさまれた末の轢死であった。 ■ 愛する(1964) ■ 二十歳の恋(1962) ■ 夜の終りに(1961) ■ 夜行列車(1959) ■ 灰とダイヤモンド(1957) ■ 世代(1954) ![]()
フランソワ・ド・ルーベについて私が知っているニ、三の事柄 ![]() Le Samourai ![]() ◆フランソワ・ド・ルーベ(Francois de Roubaix)◆ フランソワ・ド・ルーベはフランスではジョルジュ・ドルリューやフィリップ・サルドと並ぶ名作曲家ですが、1枚もののサントラCDが数枚しか出ていない人なので、編集ものが多く、その早すぎる死はド・ルーベを伝説的作曲家と呼ばしめています。 ![]() 『フランソワ・ド・ルーベ・エディションン 1&2』 フランスの作曲家フランソワ・ド・ルーペは、1939年4月3日パリ郊外に生まれました。ほとんど独学で音楽を学び、ジャズ・バンドでトロンボーンを演奏していた。彼の音楽は、正規に教育を受けたものでなく、ジャズの即興演奏のテクニックをベースにしたもの。その後、作曲家としてではなく、撮影助手や録音技師として映画製作に関わり始めます。その中で少しずつ映画音楽を作るようになっていった彼は、1959年に映画監督のロベール・アンリコと出会い、その後彼の映画を中心に映画専門の作曲家として活躍するようになります。元もと録音技師だったこともあり、ポピュラー音楽の最新録音技術を映画音楽に導入することに成功しました。マルチトラック・レコーダーを中心とする多重録音方式によって映画音楽を作るようになった先駆けであり、シンセサイザーを用いて音楽を製作するようになった先駆者でもありました。 そんな彼は1975年趣味のスキューバ・ダイビング中の事故により36歳という若さでこの世を去っています。彼こそ「冒険者たち」そのままの人生を送った伝説の英雄かもしれません。 ![]() ■フランソワ・ド・ルーベ <Francois de Roubaix>■ 生年 ■ 1939/04/03 出身地 ■ フランス 没年 ■ 1975/11/22 ジャン=ピエール・メルヴィル監督、アンリ・ドカエの硬質な映像美。そしてアラン・ドロンの孤高の美しさ。フレンチ・ノワールの一大傑作「サムライ」や、暗黒街出身の冒険小説作家ジョゼ・ジョヴァンニの原作をロベール・アンリコが指揮した、口笛が哀愁を漂わせる彼の代表作「冒険者たち」などフランス映画のコンポーザーとして知られるフランスの天才作曲家フランソワ・ド・ルーベ! ![]() 今尚、その輝きは永遠に色あせることはないだろうロベール・アンリコ監督の「冒険者たち」のスコアは、フランス映画音楽史上屈指の大傑作!!! ![]() Special Thanks Laetitia with LOVE! ジョアンナ・シムカス(Joanna Shimkus Birth:1943/10/30 ) ![]() 『愛しのレティシア』(ヴォーカル:アラン・ドロン) ![]() 《公開時コピー》 愛とロマンと冒険に夢を賭けたアドベンチャーたち! 全映画ファンに青春の1ページを鮮やかに印す秀作 大空に!陸に!海に! ![]() 監督: ロベール・アンリコ 原作: ジョゼ・ジョヴァンニ 脚本: ロベール・アンリコ/ジョゼ・ジョヴァンニ/ピエール・ペルグリ 撮影: ジャン・ボフェティ 音楽: フランソワ・ド・ルーベ 出演: アラン・ドロン/リノ・ヴァンチュラ/ジョアンナ・シムカス ![]() コンゴ動乱の際、行方知らずとなった5億フランにものぼる莫大な財宝をめぐって、男ふたり、女ひとりの三人の男女がアフリカのコンゴ沖にやってきた。しかし財宝が引き上げられたとき、襲ってきたギャングの流れ弾に当たり、女は死んでしまう。残った男二人は、財宝をもって彼女の故郷へ逃げるが……。三人の男女の愛と友情を描いたロマン溢れる冒険譚。ヴァンチュラ、ドロン、そしてシムカスの新鮮な魅力と、フランソワ・ド・ルーベの音楽を得て、R・アンリコが生み出した永遠の傑作。 ![]() 飛行クラブの教師でパイロットのマヌー(アラン・ドロン)、元レーサーでエンジニアのローラン(リノ・ヴァンチュラ)、女だてらに屑鉄板で彫刻をする前衛芸術家の卵レティシア(ジョアンナ・シムカス)の、奇妙な友情で結ばれた聖三角関係。マヌーは一獲千金、パリ凱旋門を飛行機でくぐる夢を。ローランは世界最速の自動車エンジンを作るという夢を。前衛芸術家を目指すレティシアと二人の男たち、この魅力的な3人が繰り広げる「夢追い」の世界。「夢」という共通項で結ばれた夢追い人だったが.....。 ![]() 死んでしまったレティシアは潜水服に包まれ二人の男に抱かれるかのように海底深く誘われる埋葬シーンにクリスチャンヌ・ルグラン(sop)のスキャットが流れる。残酷にも海の底に沈んでいくレティシア.....。このシーンの美しさはまさに魂に染み入るもの。 ラスト近くの銃撃戦で、ヴァンチェラがドロンの最期を看取るシークェンス、「レティシアはお前が好きだったんだ」と嘘をつくシーン、ラストの延々と続く空撮は青春映画史上屈指の名場面でしょう! でも、はたしてレティシアはどちらが好きだったのだろう?! ![]() その後、一人生き残ったローランに残されたものは何もない。夢のような大金を持ってはいるが、親友マヌーを失い、愛するレティシアがいないこの場所で、これからの彼の人生は孤独である。誰も受け入れない要塞のような島から、カメラは次第に旋回しながら離れていく。空高く離れたところで、その孤立した孤独の島を俯瞰で映し出す.....。 レティシアが今でも記憶の中に、時折、夢のように揺らいで現れる.....。 *銃撃戦が行われた海に浮ぶ古城は『ボワイヤー砦』。大西洋ビスケー湾に面したフランスの港町ラロシェルの近く。 ![]() ◆ロベール・アンリコ (Robert Enrico 1931- 2001)◆ 1931年4月13日フランス・パ・ド・カレー生まれ。ソルボンヌ大学を卒業後、IDHECで映画技術を学ぶ。1961年『ふくろうの河』で、カンヌ国際映画祭短編グランプリを受賞する。アラン・ドロン、リノ・ヴェンチュラ共演の青春ロマン『冒険者たち』が大ヒットする。ヒロイン役のジョアンナ・シムカスを『若草の萌える頃』など数作で起用し、一時恋愛関係に。ブリジット・バルドー主演の『ラムの大通り』も成功した。2001年2月22日死去。 ロベール・アンリコ の遺作は、偵察中のサン=テクジュペリが行方不明になる迄の二日間を描いたTVムービー『サン=テクジュペリ/星への帰還(1994)』です。 ![]() ◆ジョゼ・ジョヴァンニ(Jose Giovanni)◆ 1923年フランス生まれ。第二次大戦中はレジスタンスに入るが、戦後、暗黒街に身を置き、刑務所に入ったこともある。弁護士のすすめで、その体験を小説『穴』に書き、ジャック・ベッケルが映画化した際、自ら脚色を担当、映画界でのキャリアを始める。自分の脚本を映画化した『冒険者たち』が気に入らず、『生き残った者の掟』としてリメイクし監督としてもデビュー。幾多のアウトローものを手掛けている。 ![]() 『FRANCOIS DE ROUBAIX フランソワ・ド・ルーペ/ANTHOLOGIE VOL.1&2』 2集にはなんとジョアンナ・シムカスによる、冒険者たちの主題歌デモ・バージョンが収録されています! ━◆主要映画音楽作品◆━ ■ 危険旅行(1978) ■ 追想(1975) ■ ラ・スクムーン(1972) ■ ラムの大通り(1971) ■ パリの気まぐれ(1970) ■ 最後のアドレス<未>(1969) ■ ジェフ(1969) ■ オー!(1968) ■ さらば友よ(1968) ■ 若草の萌えるころ(1968) ■ 悪魔のようなあなた(1967) ■ サムライ(1967) ■ 世界のティーンエージャー(1967) ■ ブロンドの罠(1967) ■ ベラクルスの男(1967) ■ 冒険者たち(1967) ■ 生き残った者の掟(1966) ■ 黒豹は死なず(1966) ■ 男たちの掟<未>(1965) ![]() EP盤『さらば友よ」(1968)』 ![]() ![]() 『ラムの大通り/ BOULEVARD DU RHUM(1971)』 ド・ルーベの天才的な独創性とシャープな音楽性が堪能できる傑作! ◇ジョアンナ・シムカス(Joanna Shimkus)◇ ![]() 芸術家の卵レティシアを演じたジョアンナ・シムカスは、スレンダーな容姿に長い髪。60年代後半の時代の雰囲気を体現した女優だった。俳優としての貫禄たっぷりのリノ・ヴァンチュラも、いつも女性に囲まれて華やかなアラン・ドロンも、残念ながらこの映画の中の彼女の魅力にはかなわない。 ”レティシア”という美しい響きの名とともに、永遠に映画ファンの心に生き続ける。 1943年カナダ・ハリファックス生まれ。アイルランド系のフランス女優。16歳で雑誌のモデルとなり、18歳でパリへ。雑誌の表紙などを飾っているうち、映画デビュー。ロベール・アンリコの三大傑作「冒険者たち」「若草の萌えるころ」、「オー!」の全てに出演し、監督のロベール・アンリコに愛されるが、数本の映画に主演した後、アメリカで共に仕事をしたのがきっかけで、この映画の後、彼女は大物黒人俳優の先駆けとなったシドニー・ポワチエと結婚。スクリーンから消えてしまいます。華やかな女優人生は約束されていただろうに、引退しなければ、70年代の映画界はもっと面白かったと思うんだけど。それだけに、この映画での輝きには忘れがたいものがあります。 現在は二人の娘さんの母親であり、ポワチエ夫人である。 【FILMOGRAPHY】 実験結婚 (’71)/失われた男 (’69)/オー! (’68)/夕なぎ (’68)/若草の萌えるころ (’68)/冒険者たち (’67)/ポリー・マグーお前は誰だ (’66)/スタンダールの恋愛論 (’65)/パリところどころ (’65) ![]() 『若草の萌えるころ(1968)』 「あんなに私を愛してくれた、ジタ伯母さんが死んでしまうかも知れない...」アニーは眠れなかった。そして、死の不安に怯える多感な少女は眠れぬままに、夜の街にさまよい出た。初めて、一人歩くパリの夜の裏街はまるで別世界のよう。 自宅に戻ったアニタは伯母の死を知るが、不思議と心安らかに、田舎で彼女と隠れん坊をした少女の日々を想い出すのだった。少女が初めての愛を経験したその夜に、愛する伯母さんは静かに息をひきとったのだった......。1960年代の狂騒のパリで起こるエピソードを淡々」と描き、アンリコの詩情溢れる珠玉の青春映画。 ![]() 『若草の萌えるころ(1968)』 『オー!(1968)』 ![]() 『さらば友よ(1968) 』 『サムライ(1967)』 ![]() 『冒険者たち(1967)』 ![]() 『サムライ(1967)』 『さらば友よ(1968) 』 ![]() 『ジェフ(1969) 』 『ラ・スクムーン(1972)』 ![]() 『オー!(1968)』 『若草の萌えるころ(1968)』 ![]() 『追想(1975)』 『ラムの大通り(1971)』 ![]() 映画に愛されるために.....。Special Thanks JULIE LONDON !U^ェ^U ![]() Special Thanks JULIE LONDON !U^ェ^U ![]() アンダーグラウンド映画の巨匠ケネス・アンガー『マジックランタン・サイクル』特集 ![]() ケネス・アンガー作品集『マジック・ランタン・サイクル(完全版)』LDジャケット “アートとは、現実の反映ではなく、その反映の現実性なのである” J.L.ゴダール 1930年(?)生まれのアメリカのアンダーグラウンド映画作家にして、ハリウッド映画界のスキャンダラスな大著「ハリウッド・バビロン」でも知られるケネス・アンガーが繰り出す9つの物語『マジックランタン・サイクル』(上映時間 153分)! 「スコピオ・ライジング」(63)、「K.K.K.」(65)、「我が悪魔の兄弟の呪文」(69)、「ブース・モーメント」(49)、「ルシファー・ライジング」(80)、「花火」(47)、「ラビッツ・ムーン」(50~78)、「人造の水」(53)、「快楽殿の創造」(54~78)を、1947年より数十年に渡り何度となく改訂を重ね、1980年に最終完全版のフィルモグラフィとしてまとめられた一連のフィルム群を『マジックランタン・サイクル』と称する。 ここに使用の画像はレーザーディスクからのご紹介です。LD、ビデオ発売(現在廃盤、未DVD化)の後、'95年にようやく劇場公開。 ![]() 『スコーピオ・ライジング』(1963年) 1963/カラー/29分/原案・監督・撮影・編集=ケネス・アンガー 音楽: リトル・ペギー・マーチ/ミック・ジャガー/ボビー・ボーソレイユ&フリーダム・オーケストラ 出演:ミリアム・ギブリル/ドナルド・キャメル/ヘイドン・クーツ 「ジャック・パーソン、ビクター・チルド、ジム・パワー、ジェームス・。ディーン、T.E.ローレンス、ハート・クレイン、カート・マン、スパルタン教団、、ヘルス・エンジェルス、そして未だ大人になりきらずにルシファーの合図を追い求め続けているものたちに捧ぐ。」(ケネス・アンガー) ![]() 「アンガーは道徳的になることもなければ、強調することも、一つの立場をとることもない。彼は、詩人として、このテーマを、充分に、周到に提示するだけなので、アンガーの後ろに、この主題について言うべきことは何もない。すべては彼の映画に、一度や二度見ただけでは探しきれないほどたくさんのものが、隠され、暗示されている。アンガーは蠍のマークをつけただけでそのままこの映画を放置したが、そのこと自体が一つのモラルである、と私は思う。」(ジョナス・メカス「メカスの映画日記」飯村昭子訳) ![]() 一躍その名を轟かせた『スコーピオ・ライジング』(1963年) 4パートに分かれた魔宴!暴走族を現代のカウボーイ、”ラスト・ロマンティスト”に見立て、ハリウッドのスキャンダラスなスターたちと、ゲイ、ナチ、政治、宗教を、50、60年代のポップスにのせてコラージュし、ポップアート・ヴィジョンとして提示したもの。オープニングから、画面一杯に広がる真紅をバックに、正に“RISING”してくる黒革ジャケットの男の背中に、スタッズで打ち込まれたタイトルと監督名。このオープニングのあまりの格好良さは一度観たら生涯忘れられないもの! ![]() アンガーは語る。「アメリカのモーターサイクリストの神話の、《ハイ》な観点である……クロームのタナトス、ブラックレザーと破れたジーンズ。アイロニカルなアプローチこそ私の物の見方であり、この世に対する見解だ。私はアーティストなのだから『スコピオ・ライジング』ではただ、当時のある現象を観察しているだけだ」。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() <ケネス・アンガー Kenneth Anger > 1927年(1930年、1932年など諸説あり)生まれ。 アンガーは、アメリカ実験映画の父ジェイムズ・シブリー・ワトソンやフランスのジャン・コクトーの強い影響を受けつつ、ハリウッドに生まれ育って何本かの映画に子役で出演したという幼児体験からくるであろう独自のセンスと商業映画的な映像へのアンビヴァレントな感情、それに同性愛という性的なアイデンティティを前面に押し出し17歳にしてゲイ映画の古典とされる『花火』を完成しジャン・コクトーにシュールレアリズムを受け継ぐものとして絶賛され、創作の場をパリに移し、以後イタリア、ニューヨーク、サンフランシスコなど、世界各地を転々としてゆく。特筆すべきは、イギリスのオカルティスト、アレイスター・クロウリーに触発された呪物崇拝的なイメージを主題としはじめ、当時の世紀末思想を色濃く反映した暴力と死への誘惑を超克するサイケデリックなヴィジョンを提示しドラッグムービーの頂点に立った。その作品はアンダーグラウンド映画の神話そのものであり、オリジナリティあふれる独自の世界を開花させ、実験映画やゲイ映画は言うにおよばず、商業劇映画やコマーシャル・フィルムにまではかり知れない影響を与え、ジャン・コクトー、ミック・ジャガー、ジミー・ペイジ、デヴィッド・リンチ、デニス・ホッパーら、ジャンルを越えた大きな影響を21世紀のアーティストにも与え続けています。 ![]() ![]() ![]() 「科学と芸術は意識のなかの価値基準を変えるインパクトがあるものだ。マジックとは自分と自分の状態を理解する科学であり、芸術とは理解したことを行動に移すことである。」(アレイスター・クロウリー) 『トートの書』アレイスター・クロウリー 「ケネス・アンガーはクロウリーに傾倒し、『INVOCATION OF MY DEMON BROTHER』などの短編映画で、クロウリー哲学を映像的に表現しようとこころみた。また、ケネス・アンガーはレッド・ツェッペリンのジミー・ペイジや、ローリング・ストーンズのミック・ジャガーとキース・リャードらに、それを教えたとトニー・サンチェスの『UP AND DOWN WITH THE ROLLING STONES(ローリングストーンズ夜をぶっとばせ)』にはある。特にジミー・ペイジはスコットランドのネス湖のほとりにあった、クロウリーの別荘を買い取るほどに熱中していた。ケネス・アンガーは《悪魔教会》設立以前、ラヴェイのオカルト研究グループに参加しており、《悪魔教会》にクロウリー哲学を持ち込んだのも彼ではないかと言われている。 」 ![]() ハリウッド映画界の栄光の裏面史をスキャンダラスに描いた大著『ハリウッド バビロン』日本語版出版(リブロポート)絶版 ケネス・アンガーが1965年にフランスで地下出版し、大幅な改稿が余儀なくされたアメリカでの出版だったが、1975年に出版されまたたくまにベストセラーとなり、続編として「ハリウッド・バビロン・」が1984年に書かれた。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() 『WALK ON THE WILD SIDE』 ![]() 「ワイルド・サイドを歩け / Walk On The Wildside 」 ルー・リードの唯一のシングルヒット曲! ホリーはフロリダのマイアミからやって来た アメリカ中をヒッチハイクして 旅先で眉毛を引っこ抜き すね毛を剃ればもう彼女 彼女は言う、”ねえアンタ、裏街道を歩きなよ” キャンディは島の外からやって来た 秘密クラブじゃみんなの恋人だった だが舌を使う時にも 我を忘れることはなかった (褐色の女たちは歌う doo doo doo do doo) リトル・ジョーは負け知らず みんなが金を巻き上げられる あっちでごまかし、こっちでちょろまかす ニューヨークじゃこう言うのさ ”なあアンタ、これが裏街道の人生さ” ![]() シュガー・プラム・フェリーが風を切って歩く ソウルフードを食わせる店を探してね アポロに行ったんなら ゴーゴー踊る奴の姿を見たはずだぜ ジャッキーはスピードでいっちまったる 今日の彼女はジェームス・ディーンのつもり だったら事故に遭わなくちゃ パーティーには精神安定剤の助けがいる ワイルドサイドを歩くんだ 褐色の女たちは歌う doo doo doo do doo ![]() これが「Transformer」の有名な裏ジャケ!ヨタモノっぽい男とどう見ても男にしか見えない女が写ってもっこりとハードゲイの世界が取りあげられている。あははは。歌詞の登場人物はすべて実在の人物で、アンディ・ウォーホルの「ファクトリー」にたむろってた与太者達だという。ステージ上でのヘロイン注射、美少年レイチェル君との婚約など数々の伝説を残した「ニューヨークの闇の帝王」ルー・リードの最高傑作! ![]() ◇USA盤DVD◇NY・アンダーグラウンドの伝説的映画作家、写真家リチャード・カーンの代 表作セレクション『HARD CORE』です。貴重なリージョン・フリー盤ですので日本製プレーヤーで視聴できます。リチャード・カーン監督作品、出演:リディア・ランチ、 ソニック・ユース他...。 リチャード・カーン監督作品で徹底的に描かれるのは凶暴なセックス とヴァイオレンスです。80年代、クラブの闇の中で密かに上映され、ポスト・パンク、オルタ ナティブ・シーンに大きな影響を与えたNY・アンダーグラウンドの最重要な伝説的映像作家のまさにハードなハードな作品集です。SM、ボンデージ、ドラッグ、サイコパス、狂気、フェティ シズム・・・を全て凝縮してフィルムに閉じ込めたかのようなこれらの映像には、恐怖を感じ観る者の狂気を誘発するばかりでなく、観 る物を危険なエクスタシーへと誘い込みます。SEXと暴力と死の強力なオブセッションは、観る者をマインド・ファック(リチャード・カーンの言葉)するかつてない強烈な映画体験となる事と思われます。ソニック・ユース、バットホール・サーファーズ、ジム・フ ィーダースらの先鋭的な音楽との饗宴もお楽しみください。英語版。 ![]() ![]() 「アメリカの実験映画は、1940年代より胎動し、 50年代から70年代にかけて隆盛を迎える。60年代に「アンダーグラウンド映画」と呼ばれたこれらの作品は、社会的な流行現象として一大旋風を巻き起こすとともに、映像表現の領域で、日本はもちろん、世界に多大な影響を及ぼした。 今日の実験映画の手法や方法論の直接的な源泉となったのはもちろんだが、今もカリスマ的な人気を誇り、その作品がコマーシャル映像の手本とされたケネス・アンガーや、ミュージック・ビデオの源流なったブルース・コナー、コンピュータ・グラフィックスに先駆的に取り組んだジェイムス&ジョン・ホイットニー兄弟等、その影響が実に幅広かったことにも驚かされる。」 ![]() 『パワーズ・オブ・テン』(1968年・1977年 原題:「POWERS OF TEN」)は、イームズチェア等で有名なチャールズ&レイ・イームズ夫妻が1968年と1977年(カラー版)の2度に渡って制作した短編科学映画。シカゴの公園に寝そべる男女から徐々にカメラが上空へパンして太陽系、銀河、宇宙へとスケールが十の累乗で拡大して行ったかと思うと、今度は急速に男に戻って細胞の中まで入っていくという、わずか9分半の驚くべき“旅”の全記録である。 ![]() 何の変哲もないこの平穏な風景から驚くべき旅がスタート! ![]() 発想自体は、キースボークの『コズミック・ヴュー』にあるというが、CGのない時代に実写とアニメーションを組み合わせて、地上から宇宙の果てへ、そしてまた地上へと引き返し、最後は原子核にいたるという連続的なヴィジョンで壮大なトリップを制作したことに驚かされる。 ![]() ![]() 音楽も素晴らしく、エルマー・バーンスタインによる電子音楽。現代音楽ファン必見!(マイアミ国際映画際金賞、トリエステSF映画祭審査員特別賞、ウィンスコン科学映画館最優秀映画賞など数多くの映画賞を受賞) ![]() ![]() ![]() 『マルキ・ド・サドの演出のもとにシャラントン精神病院患者たち によって演じられたジャン=ポール・マラーの迫害と暗殺(1967) 』 ペーター・ヴァイスの戯曲をそのまま、「三文オペラ」「雨のしのび逢い(1960)」のピーター・ブルック監督が映画化。おそらく映画史上最も長いタイトルでしょう^^; そのままのタイトルで公開されたが、余りにも長いので通称「マラー/サド」と呼ばれている。昔、文芸座で観たのですが、その演劇的な演出が斬新で圧倒的な映像美に魅せられ記憶に残る映画として再見を望んでいました。BSで放映されたことがあるようですが、ビデオ発売もなく4年ほど前に偶然検索でDVDを引き当てた時は驚喜したものです。 ![]() 19世紀はじめのフランスでは、治療の一環として精神病院では演劇がプログラムに取り入れられていた。収監されていたサド侯爵は、フランス革命で活躍し後に暗殺されたマラーのドラマを患者達を使って演出する。当時の精神病患者は囚人と同じように扱われていたようで、檻に入れられた患者たちが、看守や修道女により再三中断させられながらも演じる劇は、異様な緊張感に包まれたただならぬ力に満ち溢れ、観る者を釘付けにしてゆきます。患者たちは檻のなかでサドの演出のもとに、フランス革命当時のマラーに関する物語を病院長の家族の前で演じさせられ、檻の外でそれを観る紳士淑女がおり、この映画を観る観客がいるという複雑なシチュエーションの実験的な作品ですが、舞台劇の生々しさを損なわず、描き出された本作の迫力は正に圧巻で、鬼才P・ブルックの映画+舞台への才気を感じずにはいられない傑作です。スタジオのほとんど『何も無い空間』で進行し名カメラマン、デヴィッド・ワトキンスの撮影で刺激的でスタイリッシュな映画になっています。 サド侯爵演じるパトリック・マギー(『時計じかけ…』で、アレックスに妻をレイプされた反政府小説家、アレキサンダー氏を、『バリー…』ではイカサマ賭博師、シュヴァリエ・ド・バリバリーを演じた北アイルランド出身の舞台俳優。 )が実にはまり役で、王立シェークスピア劇団が総力をあげて複雑なシチュエーションの実験作を盛り上げてくれます。 ![]() 作中劇のマラーを暗殺するシャルロットを演じるグレンダ・ジャクソンが実に可憐で(当時30才)私はすっかり心を奪われてしまいました。彼女は演劇版の「マラー/サド」(ニューヨークのブロードウェイ等でで公演)にも出ていて、これが映画デビュー2作目でした。後にケン・ラッセルの「恋する女たち(1969)」や「恋人たちの曲/悲愴(1970)」「サロメ(1987)」やジョン・シュレジンジャーの傑作「日曜日は別れの時(1971)」などでお馴染みの名女優です。女優の演技力というものを最初に感じた女優さんで、「日曜日は別れの時(1971)」のオウムの真似をする演技には絶句しました。『恋する女たち(1969)』と『ウィークエンド・ラブ(1973)』で2度アカデミー主演女優賞に輝いています。 ![]() 輸入DVD『マルキ・ド・サドの演出のもとにシャラントン精神病院患者たち によって演じられたジャン=ポール・マラーの迫害と暗殺(1967) 』 監督: ピーター・ブルック Peter Brook 脚本: ペータ・ヴァイス 撮影: デヴィッド・ワトキン David Watkin 出演: パトリック・マギー Patrick Magee イアン・リチャードソン Ian Richardson グレンダ・ジャクソン Glenda Jackson <あらすじ> 一七九七年から一八一一年まで、シャラントン精神病院院長クールミエ氏は、入院患者の治療手段の一部として病院内で、患者自身による芝居を定期的に行なった。一八○三年から一八一四年に死ぬまでの間、そこの患者だったサド侯爵(P・マギー)は、ここで行なわれた多くの劇の台本を書き、そして演出した。その当時のパリでは、その精神病院を訪れ芝居を見ると同時に、狂人たちの奇怪な行動をみることがはやっていた。そして今日もまた、そのひとつが上演された。フランス革命の過激派の領袖ジャン・ポール・マラー(I・リチャードソン)がシャルロット・コルディ(G・ジャクソン)という女に暗殺された事実にもとずく劇である。歴史上のふたりの極端論者の激しい衝突が描かれる。マラーは、社会改革よりは激烈な革命を求める男、サド侯爵は、厭世的個人主義者である。マラーは社会問題に全身を浸しており、サドは、それらからまったく遊離している。いくつかのエピソードがつづられて劇は進みやがて、マラーとサドの相対するふたりの人物の間に、悲劇は偏執狂的な若い女性シャルロットがあらわれ、浴槽につかっているマラーを短刀で刺殺して幕が下りる。小さな象徴的な狂気の世界を背景に、革命について、社会についてそして人間の運命について重大な問題が提起されて、映画もまた終る。が、それら問題の解答は何ひとつ与えられない。解答は観客自身が発見しなければならないのである。(~goo映画より) ![]() 「なにもない空間は、現実世界のあらゆる要素を含んだきわめて複雑な世界を観客に想像させることができる。その世界では、社会的、政治的、形而上的、個人的とあらゆる種類の関係が共存し、絡み合っている。しかし、この世界は、劇がしだいに展開していくにしたがって、ひとつひとつ言葉や動作、関係、テーマ、登場人物どうしのやりとりを重ねていくうちに構築、再構築されていくのです。これほど入り組んだ世界をたどるからには、観客の想像力はつねに開放されていなければなりません。そこで、なにもない空間が貴重な意味を持ってきます。なぜなら、それは二、三秒おきに観客に初心に帰る機会を与えるからです。観客は、いったん白紙に戻ることでいっそう鮮明な印象をとどめることができます。」 ピーター・スティーヴン・ポール・ブルック(Peter Stephen Paul Brook) 1925年3月21日生まれ 演出家 国際演劇創造センター(CICT)主宰 <略歴> 1925年 イギリス ロンドンに生まれる 1945年 オックスフォード大学卒業 1946年 シェークスピア記念劇場(現ロイヤル・シェークスピア劇場)の最年少招待演出家 1947年 コベント・ガーデンのロイヤル・オペラ・ハウス演出家 1962年~現在 ロイヤル・シェークスピア劇団(RSC)を基盤に活動 1971年 国際演劇研究センター(CIRT)設立(パリ) 1974年~現在 国際演劇創造センター(CICT)主宰(パリ) <主な舞台作品> 1955年 『タイタス・アンドロニカス』 1962年 『リア王』 1964年 『マラー/サド』 1970年 『真夏の夜の夢』 1971年 『オルガスト』 1981年 『桜の園』『カルメンの悲劇』 1985年 『マハーバーラタ』 1990年 『テンペスト』 ![]() 「注目すべき人々との出会い (1979)」 ![]() 欧州とアジアの交差する地アルメニアで生まれた今世紀初頭の神秘思想家グルジェフの自叙伝の映画化。この作品を発表する事によってグルジェフ信奉を名乗ることとなった。 <主な映画作品> マハーバーラタ<未>(1989) グルジェフ-神聖舞踏(1984) <製作> スワンの恋(1983) <脚本> 注目すべき人々との出会い(1979) 赤と白とゼロ<未>(1969) マルキ・ド・サドの演出のもとにシャラントン精神病院患者たちによって演じられたジャン=ポール・マラーの迫害と暗殺(1967) 雨のしのび逢い(1960) 三文オペラ(1952) ![]() Glenda Jackson (グレンダ・ジャクソン) 1936年イングランド・チェンシャー州 Birkenhead生まれ。王立演劇学校からロイヤル・シェイクスピア・カンパニーへ。『恋する女たち(1969)』と『ウィークエンド・ラブ(1973)』で2度アカデミー主演女優賞に輝く。1992年に女優業をを引退し労働党にて政治活動。現在運輸大臣?。 <主な作品> 高貴なる殺人<TVM>(1991) キング・オブ・ザ・ウィンド/疾風の覇者<未>(1989) レインボウ(1989) サロメ(1987) レイ・オフ/女の名のもとに<未>(1987) 海に帰る日<未>(1986) ニューヨーカーの青い鳥(1986) 出演 サハロフ/愛と自由を求めて<TVM>(1984) 戦場の罠<未>(1982) パトリシア物語<TVM>(1981) ホップスコッチ/或るエリート・スパイの反乱<未>(1980) ロスト・アンド・ファウンド<未>(1979) スティービー<未>(1978) 愛と哀しみのエリザベス<未>(1975) ウィークエンド・ラブ(1973) クイン・メリー/愛と悲しみの生涯(1971) 日曜日は別れの時(1971) ボーイフレンド(1971) エリザベス R<TV>(1971) 恋人たちの曲/悲愴(1970) 恋する女たち(1969) マルキ・ド・サドの演出のもとにシャラントン精神病院患者たちによって演じられたジャン=ポール・マラーの迫害と暗殺(1967) 孤独の報酬(1963) ![]() 『日曜日は別れの時(1971)』 ![]() 監督: ジョン・シュレシンジャー John Schlesinger 製作: ジョゼフ・ジャンニ 脚本: ペネロープ・ギリアット Penelope Gilliatt 撮影: ビリー・ウィリアムズ Billy Williams 出演: グレンダ・ジャクソン Glenda Jackson ピーター・フィンチ Peter Finch マレー・ヘッド Murray Head ペギー・アシュクロフト Dame Peggy Ashcroft ベッシー・ラヴ Bessie Love ダニエル・デイ=ルイス Daniel Day-Lewis ジョン・フィンチ Jon Finch あの傑作「真夜中のカーボーイ」の後、シュレシンジャーが、本国イギリスに戻って作った、苦渋に充ちた大人の愛の物語。金曜から日曜までの10日間の、2対1男女関係の話だが、若い彫刻家の卵ボブ(マレー・ヘッド)がバイ、ユダヤ人中年医師(ピーター・フィンチ)がゲイ、若い男はゲイの医師と、経営コンサルタントで夫と別居中のアレックス(グレンダ・ジャクソン)、両方と関係を持っている。ボブにとって、二人の愛人より自分のキャリアが、また己自身の方が結局は大切である事を悟りアメリカへ去ってしまう。残された二人の男女はさり気ない出会いの機会を待つ……。ピーター・フィンチとグレンダ・ジャクソンの演技が見物の知的心理劇!同時期に観て感銘を受けたウィリアム・フリードキンの「真夜中のパーティ(1970)」をはじめ同性愛をテーマにした作品には良質なものが多いですね。 ![]() 『エリザベス R<TV>(1971)』 監督: ロデリック・グラハム、クロード・ホワッタム、ハーバート・ワイズ 出演: グレンダ・ジャクソン、ロバート・ハーディ スペイン無敵艦隊を撃破しイギリス黄金時代を築きあげた女王エリザベス1世の生涯を、BBC(英国放送協会)が見事に映像化した作品。権謀術数渦巻く宮廷を背景にグレンダ・ジャクソンのエリザベスは圧倒的な迫力で渾身の演技を魅せる!9時間にわたる長尺もなんのその1971年エミー賞ドラマ部門主演女優賞の大河歴史ドラマの最高峰! ![]() 『恋人たちの曲/悲愴(1970)』 監督: ケン・ラッセル Ken Russell 原作: キャサリン・D・ボーウェン バーバラ・V・メック 脚本: メルヴィン・ブラック Melvyn Bragg 撮影: ダグラス・スローカム Douglas Slocombe 音楽: チャイコフスキー Tchaikovsky 指揮: アンドレ・プレヴィン Andre Previn 出演: リチャード・チェンバレン Richard Chamberlain グレンダ・ジャクソン Glenda Jackson マックス・アドリアン Max Adrian クリストファー・ゲイブル Christopher Gable ケン・ラッセルはチャイコフスキーが精神を病んでいたということや、ホモセクシュアルであったというショッキングな事実を大胆に描いています。チャイコフスキーが幻覚を見るシーンなど、鳥肌が立ってしまうほど恐ろしいほどの演出でした。チャイコフスキーの死については、病死説、自殺説など様々な説がありましたが、これもラッセルの手にかかって鬼気迫るものに仕上がっています。 ![]() <ケン・ラッセル Ken Russell> 1927/07/03生まれ。本名はHenry Kenneth Alfred Russell。商船大学卒後後、軍隊に所属。50年にバレエ団にダンサーとして入るが、翌年には劇団で俳優となる。その後写真家となり、やがて自主映画を撮るようになった。BBCで芸術家のドキュメンタリーを撮り注目される。本格映画監督デビューは、68年のハリー・パーマー・シリーズの一本「10億ドルの頭脳」。「Tommy/トミー」、「マーラー」、「リストマニア」、「バレンチノ」などの芸術家を異色の切り口で描いた作品が多い一方、「アルタード・ステーツ/未知への挑戦」、「ゴシック」、「白蛇伝説」などの娯楽色の強い作品も手掛けている。2度の離婚後、ヘティ・ベインズと92年に再婚した。 ![]() 『恋する女たち(1969)』 監督: ケン・ラッセル Ken Russell 製作: ラリー・クレイマー Larry Kramer 原作: D・H・ロレンス D.H. Lawrence 脚本: ケン・ラッセル Ken Russell ラリー・クレイマー Larry Kramer 撮影: ビリー・ウィリアムズ Billy Williams 音楽: ジョルジュ・ドルリュー Georges Delerue 出演: アラン・ベイツ Alan Bates オリヴァー・リード Oliver Reed グレンダ・ジャクソン Glenda Jackson ジェニー・リンデン Jennie Linden ヴラデク・シェイバル Vladek Sheybal D・H・ロレンスの同名小説をK・ラッセルが映画化。イギリスの炭鉱の町を舞台に、教師と彫刻家の姉妹の、対照的な愛の姿を描く。破滅的な愛に身を置く彫刻家を演じて、G・ジャクソンはアカデミー主演女優賞を受賞。ケン・ラッセルはD・H・ロレンスの小説『チャタレイ夫人の恋人』『虹』も映画化しています。 ![]() ![]() Glenda MY LOVE CAT-O ------------------------------------------------------------- 映像と音楽の黙示録「KOYAANISQATSI (コヤニスカッツィ)」 ------------------------------------------------------------- ![]() 「KOYAANISQATSI (コヤニスカッツィ)1982」 監督: ゴッドフリー・レジオ 製作: ゴッドフリー・レジオ/フランシス・コッポラ 脚本: ロン・フリック/ゴッドフリー・レジオ/マイケル・ホーニッグ/アルトン・ウォルポール 撮影: ロン・フリック 編集: ロン・フリック/アルトン・ウォルポール 音楽: フィリップ・グラス/マイケル・ホーニッグ ![]() 冒頭、スクリーンに浮かび上がるホピ族による人型紋様の壁画が映しだされる。バスの男声で「コヤニスカッツィー・・・・コヤニスカッツィー・・・」とパイプオルガンの荘厳な音楽が始まる。画面は自然の中からやがて時間の流れがそうであるように都会や人間社会の映像へと移っていく。核実験場を覆うキノコ雲、雄大なモニュメントバレーの空撮や、編集技術を駆使したロスの高速道路の夜景、廃墟と化したビル群などアメリカ各地の驚異的な光景、開発、都市の人びとの動き、オートメーション、そして長い時間をかけて墜落してゆく宇宙船のスローモーション……。環境に対して現代世界が与えた破壊的影響力を記録した視覚映像。文明社会へ警鐘を鳴らすテーマは人々を震撼させ、未だかつてない表現手法が、見る人の魂を揺さぶった。まるでジェットコースターに乗っているように加速しフラッシュバックのように流れていく映像の疾走感に酔ったような感覚が、ときに心地良いほど。高速度撮影や早いカット回しなどによる都市の光景......。時間を忘れ、全身で体感する映像と音楽が織り成す壮大な映像叙事詩です。私達の世界がテクノロジーの力に飲み込まれていき、戦争でさえ日常と化していく現在の姿を浮き彫りにしていく異色ドキュメンタリー映画の最高傑作です。 ![]() 製作にフランシス・コッポラの名前がありますが、当時、「地獄の黙示録」の後「ワン・フロム・ハート」の失敗で破産していたフランシス・コッポラの映画作家としての慧眼がなければこの映画は存在しなかった。次世代のアメリカ映画界を担う新しい才能の発掘に貢献しているコッポラはこの映画の重要性をいち早く見抜いていて配給を始めとして全面的にバックアップしたのです。こういう仕事も映画界の維持の為には絶対必要ですね。 蓮實重彦+武満徹「シネマの快楽」では「なんというナイーヴさ」との標題でそのアマチュアリズム臭さを辛口批評されておりますが、六本木シネ・ヴィヴァンのオープニング第二弾作品としてドルビーステレオ設備がないためモノラルで上映されたのみで、他に深夜TVで一度放映されたきり再映されることなく、当時の映画青年の間では伝説的な映画として熱狂的なファンが生みだされLDやビデオはオークションでも高値を呼びました。また、この映画をドラッグムービーというようなイメージで捉える見方もありました。 ![]() 「コヤニスカッティ」とはアリゾナのインディオのホピ族の言葉で、「平衡を失った世界(life out of balance)」という意味です。ヒロシマ、ナガサキに投下された原子爆弾は、アメリカ・インディアン最古の民、ホピ族の聖地から掘り出されたウランから造られたものだったという衝撃的な事実があります。このホピ族の神話にインスパイアされて生まれた「言葉」のない黙示録的な映像と音は「コヤニスカッティ」という呪文をともなった強烈な<イメージ>として焼きついて風化することがありません。なんとも観る者に神秘的体験といっても良い映画体験ができるドキュメンタリー映画です。私には昔観た時より、今のほうが映像が喚起するものはリアルで、9.11米同時多発テロの傷跡、報復の応酬により泥沼化していくイラク戦争....9.11米同時多発テロのニュースフィルム観た時、真っ先に思ったことはこの「コヤニスカッティ」の音楽と映像のことと「ホピ族の予言」のことでした。血の気が引いて寒くなったのを覚えてます。TV映像から非日常の裂け目を覗き込んだようで怖かったです。嘘だろと思いました。 まさに現代が「コヤニスカッティ」の時代であることを心底痛感させられます。この映画を最初に見た時の衝撃と感動の記憶は今もなお強烈鮮明で、グラスの音楽とあいまって心の奥底から哀しみがこみ上げてくる、まさにカルチャーショックと呼ぶに相応しいものです。 ![]() ゴッドフリー・レジオ監督の初監督作品である「コヤニスカッツィ」が暗示していた問題…。それが、まさしくこの21世紀の今、現代社会で現実になっているのは、ただの偶然なのだろうか考えさせられます。2作目の「POWAQQATSI(ポワカッツィ)1987年」に引き続き、今年2月には、「カッツィ3部作」完結編「NAQOYQATSI (ナコイカッツィ)」の公開が決定しています。この「カッツィ3部作」は言葉を用いずに映像と音楽の力だけで、人の心の奥深くへと入り込み魂を震わせる壮大な映像叙事詩です。 『ポワカッツィ』とはホピ族の言葉で「自己の反映のために他人の生命力を食い物にする生き方」。 『ナコイカッツィ』とはホピ族の言葉で「互いに殺しあう命 日常と化した戦争 文明化された暴力」を意味する。 ![]() <コヤニスカッティ[DVD-Audio完全盤] フィリップ・グラス > 映像と音楽により、現代世界の変容と危機をつづったフィリップ・グラスの「コヤニスカッティ」 DVD-Audio盤。フィリップ・グラスの音楽の頂点に立つものが、映画監督ゴッドフリー・レジオとの綿密な共同作業から生まれた衝撃的なこの『コヤニスカッティ』と、その続編『ポワカッティ』だと思います。少しずつ編集された断片にグラスが作曲を行い、音楽とのシンクロニゼイションを一致させる為編集がやり直され、また音楽が書きなおされ、時には追加撮影もなされ約3年の長きにわたっての制作であったそうです。それだけこの映画における音楽の役割を重要視していたのでした。 <曲目> 1.コヤニスカッティ(オープニング)|2.有機的統一による世界|3.雲の風景|4.地下資源|5.都市の動脈|6.プリット・イゴ(高層住宅)|7.坩堝|8.予言 ![]() 「この2つの作品が有する音楽と映像の衝撃を、望みうる最高の形で紹介すべく、万全の体勢で日本公演を準備することにした。まず、すみだトリフォニーホールの大ホールに縦6メートル横11メートルの大スクリーンを特設し、『コヤニスカッティ』『ポワカッティ』それぞれの35ミリフィルム・オリジナル版を全編上映。同時に、スクリーンの下に待機したアンサンブルが、グラスのスコア全曲を映像と少しのズレも生じさせることなくシンクロさせながら、ライヴ演奏する。もはや単なる映画上映でもコンサートでもない。映画館やビデオ/DVDでは絶対に反芻不可能な、観客の五感を揺さぶる圧倒的なスペクタクルが、一回限りの特別な体験として目の前に現出するのである。 」 ◇ゴッドフリー・レジオ監督のコメント◇ 「フィリップ・グラスには、とにかく驚かされる。 彼の生み出した音楽言語は複雑であり、同時に混じりけのない明快さを兼ね備えている。 その音楽が未知の躍動感に足を踏み入れるようとする時、グラスは聴く者を感動させる感性を示すのだ。グラスは絶えず変化を見せる反復語法を用いながら、魂に直接語りかけてくる。言うまでもなく、私自身はグラス・ジャンキーであり、彼の音楽なら何でも聴くほど中毒症状が進んでいる。 」 ◇ジョナスメカスのコメント◇ 「衝撃的な映像と卓越した技法で現代都市を終末論的に描いたゴッドフリー・レジオ監督の『コヤニスカッティ』は、映像と現代音楽が完璧に融合した映画でもある。 フィリップ・グラスの音楽は、映画史上に残る偉大なスコアの規範を指し示している。 」 ![]() ◇磯崎新のコメント◇ 「『ナコイカッツィ』で、遂に映像と音楽による宗教的詩編がうまれた。 生成と消滅を繰り返すこの宇宙がかくも荒々しい暴力に満たされているとは。 こんな予感は前の二作に既にしめされていた。しかし、アナログでしかない映像の限界があった。スピードは変えても時間は逆流しなかった。 極微の世界で物質が破壊されている。巨大な宇宙がまるごとブラックホールに吸い込まれている。この流転の現場に踏み込むためには、再現しかできない映像を解体してしまうデジタル処理が不可欠だった。再現する/再現される関係が逆転されねばならない。それは切れ切れの時間の裂け目にはりこむことだ。 ミニマル・ミュージックもまたこの裂け目にうまれるズレが手がかりにされた方法ではなかったか。わずかなリズムのズレがモワレを生んでいた。 ゴッドフリー・レジオの映像とフィリップ・グラスの音楽が、その根底にかかえた技法のレベルにおいて合体し干渉し合っている。私たちがその一部分になっている宇宙のメカニズムがこうして露呈される。いっさいの合理的説明を超えていく。宗教的と呼ぶしかない強度にあふれたメッセージだ。 」 ◇坂本龍一のコメント◇ 「もう20年以上前「コヤニスカッティ」を見た時には衝撃だった。 その後、この映画がアメリカの先住民、ホピ族の予言にもとづいて作られたことを知り、衝撃はもっと深くぼくの記憶に残った。そして、「現代」というものを映像に残そうとすると、どうしてもこの映画のようにならざるをえない、という確信が強くなった。恐ろしいことに、21世紀に入って、ホピの予言がさらに真実味を帯びてきているように思う。ぼくたちは、もう一度この2本の映画をよく見、20世紀の記憶を刻みつけなければならない。 」 ◇オオエタツヤのコメント◇ 「言葉を介さずして言葉以上の「説得」をもたらす時間芸術。 二十年近く前「コヤニスカッティ」に接した時、そんな思いにかられたのを覚えています。表現の眼差しが冷静であればあるほど受け手の感情や思索をより喚起していくかのような、新しい啓示のメカニズムすら感じられる衝撃的な作品でした。 警鐘の次元もとうに過ぎ去ってしまった2003年現在、この作品が僕等を誘う(いざなう)場所が、感傷や鎮魂の境地ではなく、平衡を回復する道のりへの「出発点」であって欲しいと切に願っています。」 ![]() <フィリップ・グラス Philip Glass> スティーヴ・ライヒ、テリー・ライリーと並ぶ"ミニマル・ミュージック御三家"のひとり、フィリップ・グラス。現代音楽界をリードする当代きっての作曲家です。先祖はロシア系ユダヤ人。フィリップ・グラスが音楽を学び出したのは8歳の頃のこと。最初はフルートとビアノを習い、それから、作曲や和声を学ぶようになる。ボルティモアで育った彼は、父親がレコード店を経営していたこともあって、早くから様々な音楽に親しんでいた。19歳で名門ジュリアード音楽院に入学。 パリで学んだのち、アカデミックなクラシック音楽のルールを重んじるよりも、反復構造と強列なビートを前面に押し出した「ミニマル・ミュージック」を提唱。ラヴィ・シャンカール作品を手掛けるうちに音楽的理念が大きく変化。シャンカールの存在がグラスの音楽的なキャリアのターニング・ポイントにもなった。クラシック音楽のルールを重んじるよりも、アヴァンギャルド・クラシックで用いられていたリズムや復唱を取り入れることを選択しミニマリズム理論を創造した。必要最小限のメロディとリズム。そして、反復とわずかな変化。こうしたミニマリズム理論はエレクトロニック・ミュージックのオリジネイター的存在のクラウス・シュルツ、タンジェリン・ドリーム 、マニュエル・ゲッチング、ブライアン・イーノ、マイケル・ナイマンらに大きな影響を与えた。彼らの創造性は、その手法・方法論が後のテクノに与えた影響はあまりに大きい。 ![]() 68年にオルガンやシンセサイザーに管弦楽器を加えた「フィリップ・グラス・アンサンブル」を結成、ニューヨークを拠点に活動する。 オペラ、室内楽、シンフォニー、歌曲等作品は多彩。 デビッド・ボウイ、ブライアン・イーノやクラフトワーク、エイフェックス・ツインなど、グラスとの親交から影響を受けたロックアーティストも多い。楽器のみならず、声/手拍子/環境音までも素材としたテープ操作の変調と、反復/変化から引き出される極めて原始的な催眠効果は、人々の音楽に対する認識を覆した。 ![]() 76年舞台演出家ロバート・ウイルソンとのコラボレーション『浜辺のアインシュタイン』で舞台芸術界に一大センセーションをまきおこし、以降メトロポリタン・オペラ委嘱作『航海(92年)』を初めとする15本のオペラ、ザルツブルグ音楽祭委嘱作『交響曲第5番(合唱付)レクイエム、バルドゥとニルマナカヤ』など数多くの作品を発表する。 映画音楽ではマーティン・スコセッシ監督『クンドゥン(1998年LA批評家協会賞、アカデミー賞・ゴールデングローブ賞・グラミー賞最優秀音楽ノミネート)』、ピーター・ウィアー監督の『トゥルーマン・ショー(1999年ゴールデングローブ賞最優秀音楽賞)』、現在公開中のスティーヴン・ダルドリー監督『めぐりあう時間たち(アカデミー音楽賞ノミネート)』など20作品がある。 私的にはピーター・グリーナウェイ監督の傑作ドキュメンタリー『4 American Composers: Philip Glass』でグラスは<浜辺のアインシュタイン>から抜粋した<Train/Spaceship>をPhilip Glass Ensembleと伴に演奏しております。現代音楽ファン垂涎のこのシーンをぜひともご覧いただきたいです。他にピーター・グリーナウェイ監督とは、グラスの委嘱により短編『The Man in the Bath』でコラボしています。『4 American Composers』 の後の3人は、ジョン・ケージ、ロバート・アシュリー、メレディス・モンクです。現在このソフトは米でも廃盤で入手困難です。私は日本版LDを所有してますので興味ある方はお問い合わせくださいな。 ![]() アメリカ先住民ホピ族の予言。 「大地より貴き品々を掘り起こす時 我らに災いがもたらされるなり 禊の日が近づけば 蜘蛛の巣が空の隅々まで張り巡らされよう いつの日か、灰の満ちた容れ物が天上より投げ落とされ 大地を焼き払い、大海が沸き立つだろう……」。 CAT-O 『欲望 Blow-Up』(1966) <内的ネオ・レアリスト>ミケランジェロ・アントニオーニ(Michelangelo Antonioni) ![]() 『欲望 Blow-Up』(1966) 監督: ミケランジェロ・アントニオーニ Michelangelo Antonioni 製作: カルロ・ポンティ Carlo Ponti 原作: ジュリオ・コルタザール 脚本: ミケランジェロ・アントニオーニ Michelangelo Antonioni トニーノ・グエッラ Tonino Guerra エドワード・ボンド Edward Bond 撮影: カルロ・ディ・パルマ Carlo Di Palma 音楽: ハービー・ハンコック Herbie Hancock ヤードバーズ THE YARDBIRDS (ジェフ・ベックとジミー・ペイジのツィンギターで「トレイン・ケプト・ア・ローリン」を演奏!) 出演: デヴィッド・ヘミングス David Hemmings ヴァネッサ・レッドグレーヴ Vanessa Redgrave サラ・マイルズ Sarah Miles ジェーン・バーキン Jane Birkin ヴェルーシュカ Verushka 『ヴェルーシュカ 変容/序文 スーザン・ソンタグ』(リブロポート出版) ヴェルーシュカ―消滅し、遍在する身体―不在の願望と恐怖、そして美学も合わせてご覧ください。 ![]() <Michelangelo Antonioni> ヴィスコンティ、フェリーニと並ぶイタリア映画3大巨匠のひとりミケランジェロ・アントニオーニ。 アントニオーニはネオリアリズモ以降のイタリアにおいて、「愛の不毛」「孤独」「断絶」といった人間の疎外感やコミュニケーションの可能性、不可能性を、実存主義的にかつ抽象的に語る映像作家で人間の内的ネオリアリズモを見続ける作家です。従って、社会を深くえぐるよりも、作中人物の心を魂を見つめる作家でベルイマンに通底する映像作家です。リアリズムの視線は、より深い人間そのものに向けられ<内的ネオ・レアリスト>と称されています。 また、<ほとんど宗教色のない唯一のイタリア人監督>でもあります。 ![]() <Filmography> 「愛のめぐりあい」(1995)104mins 「南風、アーモンドの木、火山、ストロンボリ、カーニヴァル」(1992)8mins 「ローマ」(1990)9.5mins 「クムバ・メラ」(1989)18mins 「リスカ・ビアンカへの帰還」(1983)9.5mins 「ある女の存在証明」(1982)128mins 「オベルヴァルトの謎」(1979)123mins ---テレビカメラで撮られた作品。原作はコクトーの「双頭の鷲」 「さすらいの二人」(1974)124mins 「中国」(1972)240mins 「砂丘」(1970)110mins 「欲望」(1966)110mins 「三つの顔/第1話 リハーサル」(1965)25mins 「赤い砂漠」(1964)120mins 「太陽はひとりぼっち」(1962)125mins 「夜」(1961) 122mins 「情事」(1960) 140mins 「さすらい」(1957) 102mins 「女ともだち」(1955)104mins 「巷の恋/第二話 自殺未遂」(1953) 「椿をもたない婦人」(1952)105mins 「敗北者たち」(1952)110mins 「ある愛の記録」(1950)110mins 「怪物の別荘」(1950)10mins 「ファロリアのロープウェイ」(1950)10mins 「七本の葦、一枚の服」(1949)10mins 「迷信」(1949)9mins 「愛すべき嘘」(1949)10mins 「NU (都市の清掃)」(1948)12mins 「ポー河の人々」(1943-1947)9mins ![]() <Monica Vitti> 『夜』、『情事』、『太陽はひとりぼっち』の「疎外の3部作」は現代人のディスコミュニケーションと自己疎外が、端的に男女の間の愛の不毛?を通じて描いて秀逸です。最重要作、最初のカラー映画「赤い砂漠(1964)」では、やたらに垂直に立つ、煙突や鉄塔で画面は分断され、無機質に工業化された風景の中、モニカ・ヴィッティ演じる神経症患者の離人感に満ち満ちた実験的映画で、モニカ・ヴィッティの狂気まみれの美しさが頂点に達する傑作です。今の人には離人感って即、わかっちゃいますよね。ちょと怖いですねェ。それから、余談ですが、当時、アントニオーニとモニカ・ヴィッティは公然の仲でして、ご存知のようにイタリアというのはカソリックの国で法的に離婚は認められていませんね。 ![]() <David Hemmings> 『欲望 Blow-Up』は、イギリスで撮影されたアントニオーニの最初の英語作品ですが、バックグラウンドとして当時流行の最先端を行くロンドンの様相が興味深く描かれ、トレンディなファッション写真家のライフスタイルが60年代カルチャーとともに活写され、当時のモッズルックの流行など最高におしゃれでポップな映画でもあったことに、異論は無いと思います。デヴィッド・ヘミングス扮する映画の主人公、トーマスのライフスタイルに憧れましたね!アントニオーニの映画からすればアメリカで撮った「砂丘」とならんで商業的な成功もあり多分に商業映画的なところもあるかもしれませんが、最高傑作...と私は思っています。 この映画を私は当時、高校受験が終わったその足で観に行き、まさにカルチャーショックを受けました。ヤードバーズ(THE YARDBIRDS)の演奏が観られるという事で、当時のロック少年には夢のような映画だったんですねえ。ジェフ・ベックとジミー・ペイジのツィンギターで「トレイン・ケプト・ア・ローリン」を演奏!ギターぶっ壊すベックとニヤニヤ笑いのペイジのカッコ良いことこの上なし。しかし、興味の中心はこの映画のラストで完全にひっくり返りました。...私のその後の私的映画史を最高に彩った唯一無二の傑作です! ![]() バネッサ・レッドグレーブによって演じられ大胆にもセクシャルな謎の女にゾクゾクしましたし、ジェーン・バーキン(当時は無名!)ら若いモデル達による陽気なヌードシーケンス、当時のロックシーンを代表するヤードバーズのLIVE演奏シーンやハービー・ハンコックのJAZZをミックスした音楽、これらを含む多くの要素すべてが60年代カルチャーをリアルに描いてシャープで力強い映像の連続です。特に、デヴッド・ヘミングスがコインを拳の上で回転させるお遊びにははまりましたね。何日か練習すればできるようになるのですがまだ五百円硬貨が無かったので古銭の1円銀貨?で練習してました。 ![]() 『Blow-Up』 カメラマンのトーマスは、夜の公園で逢い引きしているカップルを盗み撮りした。やがて男の方が姿を消したあと、女の方がトーマスのもとにやってきてネガを要求する。代償として女のヌードを撮らせてもらい、別のネガを渡して本物を現像した時、そこには女の逢い引き相手だった男性の死体が写っていた……。 ![]() サスペンス・スリラーを思わせる前半から、次第に不条理劇の様相を呈してくる後半まで、現実と虚構の境界線を見据えるアントニオーニの筆致は鮮やかです。 ラスト、街中を彷徨っているうちに、乗り込んできたモッズ族がテニスを始める場面に遭遇するシーンがあります。ラケットもボールもないテニスのシーンです。まさにパントマイム師達がボールのないテニスをする真似をしているのが描かれていて、その裏には何かの意味があるに違いないと解釈したくなるのですが、解釈はいりませんでした。足元に転がってきただろうボールを投げ返してくれと促されたトーマスはその見えないボールを投げ返すのでした。そのシーンを見ていた可憐な少年(私の事です!)は迷うことなくトーマスと一緒に見事ボールを投げ返したのでした。こうなると視聴者参加型の映画ともいえますね!思わず自分を褒めてあげたくなりますねェ!逆にその解釈の不在を通じて私の心の中に持っている見えざるボールに気付かせてくれたのではないでしょうか。おそらくそれは「審美眼」と呼ばれるものではないでしょうか。 ![]() 82年の『ある女の存在証明』を発表後、アントニオーニは脳卒中に見舞われ、半身不随と言語障害の後遺症が残ってしまったそうです。そうした事情から、やはり長編の監督は不可能と思われていたが、W・ヴェンダースとの共同作業『愛のめぐりあい』で奇蹟の復活を遂げ、S・ソダーバーグやウォン・カーウァイと組んだ最新作が控えるアントニオーニ監督です。 ![]() YOKO MY LOVE 『欲望』?????史上最低の邦題ですね!ずっ~と、そう思ってきましたけど..ま、いっか。 黒のマドモアゼル ジャンヌ・モロー ![]() ![]() 『マドモアゼル (1966) 』 大女優ジャンヌ・モロー(Jeanne Moreau, 1928年1月23日 - ) 世界の女優の中で最も美しい名前を持つユニークな演技派女優。 髪は栗色で、眼は大きく、深く、強い視線、唇の両隅が下がりへの字、グラマーではない、アンバラスな、美女とはいえぬジャンヌ・モロー。映画女優として注目を集めたのは、29歳のときのルイ・マルの「死刑台のエレベーター」に主演してからであるが、すでにジャンヌ・モローは、当時のフランス演劇界のエリート中のエリートでジャン・ヴィラールの国立民衆劇場の中心的女優であり、ジェラール・フィリップなんかと主役を分かち合うほどの大舞台女優であった。それにしても、彼女の映画キャリアは凄い!ミケランジェロ・アントニオーニ《夜》(1961)、ルイ・マルの《死刑台のエレヴェーター》(1957)、《恋人たち》(1959)、《ビバ!マリア》(1965)、ジョゼフ・ロージー《エヴァの匂い》(1962)、フランソワ・トリュフォーの《突然炎のごとく》(1963)と《黒衣の花嫁》(1968)、ルイス・ブニュエル《小間使いの日記》(1964)、ピーター・ブルック+マルグリート・デュラスの《夜霧のしのび逢い》 (1960)、オーソン・ウェルズ《不滅の物語》(1968)…、など、さすがの大監督たちもジャンヌ・モローの破格の演技力に負うもの大である。さらに、自分でも2作、監督をしている。 ![]() フランス中央部の小さな村にマドモアゼルと呼ばれる女教師がいた。彼女はオールド・ミスだったが、村人から敬愛をこめてマドモアゼルと呼ばれ、まさに淑女として扱われていた。村にはイタリア人マヌーが息子のブルーノ、友人のアントーニオをつれて出稼ぎに来ていた。そのころ村では、水門が破られたり、原因不明の火事がおきるなど悪質ないたずらが相次いで起こる。 ![]() 『マドモアゼル (1966) 』 *国内ソフト未発売 監督: トニー・リチャードソン 製作: オスカー・レヴェンスティン 脚本: ジャン・ジュネ/マルグリット・デュラス 撮影: デヴィッド・ワトキン 出演: ジャンヌ・モロー/エットレ・マンニ/ウンベルト・オルシーニ/ジェラール・ダリュー 「ジュネの小説は、愛のない女になにがおこるか示している。彼女の邪悪な本質を容赦なく掘り下げ、ほかの作品に見られないリアリズムで描写した作品。」(公開時、ポスター) ![]() ジャンヌ・モローの代表作ともいえる衝撃作!脚本がアノ、異色の作家、男色家で泥棒のジャン・ジュネで、ジャンヌ・モローのために初めて書いた映画の脚本を、「ホテル・ニューハンプシャー(1984)」「長距離ランナーの孤独(1962)」のイギリスのニューウェーヴの旗手、トニー・リチャードソンが監督。フランスを代表する演技派の女優ジャンヌ・モローの、この取り澄ました表情と美貌の底に秘めた邪悪な心を、これほどまでに完璧に演じられるのは彼女をおいて他にいない。モローはこの役が大嫌いだといったが、この映画は作りたかった。 「これはきれいな映画じゃないわ。ジュネのエロティズムは猛々しくて、暴力的な要素がたくさんはいっているのよ。撮影は楽しいどころか苦痛だった。むずかしいし不健康な役どころですもの。彼女はすごく不幸なのーあんな女性にはなりたくないわ。抑圧されたバージン、まるでドライフルーツよ。映画が始まるまではどんな役柄になるのか完全にはわからないの。だから監督が重要なのよ。私は、トニーを全面的に信頼していた。彼にはどこか神秘的なところがあって、ぜひこの役をやるべきだと彼に言われたからやったのよ。トリュフォー、ブニュエル、オーソンにも同じ感じを持っているわ」 ![]() 当時、ジャンヌ・モローとトニー・リチャードソンの二人は恋愛関係にあり、カンヌ映画祭に出品したが、ポルノ映画だと決め付けられさんざんなえ映画評で、興行的にも失敗した。モローでさえジル・ド・レの女版だとまで非難され、モローの才能と仕事を選ぶ能力さえ疑われた。当時のご時世を考えるにこの傑作のインモラルなテーマは、迫害に近い仕打ちにあったのかもしれない。しかしながら二人は、彼女の友人のデュラスの『ジブラルタルの水夫』の映画化(「ジブラルタルの追想(1965)」)に成功した。この映画には、トニー・リチャードソンの当時の妻ヴァネッサ・レッドグレーヴも起用されモローに夫を奪われる役どころで、スキャンダルから離婚にまで発展した。トニー・リチャードソンは1991年、エイズによる合併症で亡くなっている。 美しいキャメラは、ピーター・ブルック監督の「マラー/サド」で有名になり、後に「炎のランナー」「ホテル・ニューハンプシャー」を手がけ「愛と哀しみの果て」でアカデミー賞を受賞した英国人撮影監督のデヴィッド・ワトキン。音楽は一切使われていない。 ![]() ![]() ![]() ![]() しかし、彼が来てからというもの、村では水門が破られたり、原因不明の火事がおきたりで、村人たちは、よそ者の彼が犯人ではないかときめつけていた。村で災難が起るたびに、半裸でかいがいしく働くマヌー。そんな彼を、マダモアゼルはいつも遠くから見続けていた。 ![]() ![]() ![]() ![]() 息子のブルーノ、友人のアントーニオをつれてこの村に出稼ぎに来ていたイタリア男マヌーの野性的な魅力が村の女たちの目を惹いたのは言うまでもない。 ![]() ![]() マダモアゼル--この神秘な美しさを持つ女の秘密を知る人は誰もいなかった。昼の彼女はストイックかつ修道女のように清らかな小学校の女教師である。しかし、彼女こそ、すべての災難の犯人だったのだ。夜になると厚化粧に身をやつし、凝ったデザインをほどこしたマッチを持ち、ひそかに農家へ放火しにいく女。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() 父はレストラン経営者、母は元ダンサー。18歳の時に見た舞台で演劇の世界に魅了され、女優を夢見るように。厳格な家庭に育ちながらも女優への夢を断ち切れず、結婚式前夜に婚約指輪をセーヌ河に投げ捨て夜行列車に飛び乗ったというエピソードを持つ。いろいろ悩んだ末にやっと両親も理解を示し、コンセルヴァトワールに入学。2年後に卒業してモリエール劇団に入る。ヌーヴェル・バーグ最盛期から現在に至るまで、第一線で活躍を続ける彼女には、情熱的なドラマが最高によく似合う。48年映画デビュー。54年の「現金に手を出すな」ぐらいから名前が知られるようになるが、その頃は色気を売り物にした女優の認識が強かった。しかし57年、ヌーヴェル・ヴァーグの到来と共の現れたルイ・マルとの出会いによって「死刑台のエレベーター」、「恋人たち」に出演。60年には「雨のしのび逢い」でカンヌ映画祭の主演賞を受賞。61年にはトリュフォー作品の「突然炎のごとく」にも出演。退廃的ではあるが一本芯の通った女性像を演じて当時の映画ファンから絶大なる支持を受けた。62年の「エヴァの匂い」での悪女ぶりも忘れ難い。70年後半からは「ジャンヌ・モローの思春期」などで監督業にも進出。以降は次第に脇役にまわるようになるが、90年の「ニキータ」のように印象的なシーンに貫禄を持った演技で出演し、作品に深みを持たせている。デザイナーのピエール・カルダンやトニー・リチャードソンなどとのロマンスは有名だが、結婚は48年、ジャン=ルイ・リシャールと結婚して一児をもうけるが65年に離婚。77年にはウィリアム・フリードキン監督と再婚するが2年後に破局している。 ・ベルリン国際映画祭(金熊賞(生涯功労賞))(2000) ・ヴェネチア国際映画祭(経歴賞)(1992) ・カンヌ国際映画祭(女優賞)(1960) ![]() 1948年「DERNIER」 1953年「寝台の秘密」「巴里の気まぐれ娘」「上級生の寝室」「現金には手を出すな」 1954年「バルテルミーの大虐殺」 1955年「狩込み」「地獄の高速道路」 1958年「死刑台のエレベーター」「絶体絶命」「恋人たち」 1959年「危険な関係」 1960年「雨のしのび逢い」「五人の札つき娘」 1961年「夜」「突然炎のごとく」 1962年「エヴァの匂い」「審判」 1963年「鬼火」「勝利者」 1964年「小間使の日記」「大列車作戦」「バナナの皮」「黄色いロールスロイス」 1965年「マタ・ハリ」「ビバ・マリア」 1966年「マドモアゼル」「オーソン・ウェルズのフォルスタッフ」 1967年「ジブラルタルの追想」「愛すべき女・女たち」 1968年「黒衣の花嫁」「キャサリン大帝」 1970年「モンテ・ウォルシュ」 1972年「ナタリー・グランジェ/女の館」 1974年「バルスーズ」「個人生活」 1976年「LUMIERE」「パリの灯は遠く」「ラスト・タイクーン」 1980年「スキャンダラス・ラブ」 1982年「ファスビンダーのケレル」 1990年「ニキータ」 1991年「厚化粧の女」「夢の涯てまでも」「こうのとり、たちずさんで」「海を渡るジャンヌ」 1992年「愛人/ラマン」 1993年「心の地図」 1995年「愛のめぐりあい」「百一夜」 1997年「奥サマは魔女」「愛と困惑」 1998年「エバー・アフター」 2000年「レ・ミゼラブル」(TM) 2001年「デュラス 愛の最終章」「銀幕のメモワール」 2005年「ぼくを葬る」 ![]() ![]() ![]() そんな彼女の正体を見破ったのは教え子のブルーノたった。しかし、マドモアゼルに、あこがれに近い恋心を抱く、この少年は何も語らなかった。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() マドモアゼルは、マヌーが木こりとして働く森によく散歩に行き、道で彼に出会うことも、しばしばだった。そして彼女は欲望を自制しようとすればするほど、マヌーの肉体を求めるのだった。彼女が毒薬を入れた池の水を飲んで家畜が全滅した日、村人たちの怒りは爆発し、犯人と目したマヌーを捕えることにした。 ![]() ![]() ![]() ![]() その頃マドモアゼルは森でマヌーと逢っていた。野性の女と化したマドモアゼルは、夜がしらむ頃までマヌーの肉体を求め、朝になって、引き裂かれ泥によごれた衣服のままで村に帰って来た。驚く村人たちの質問に彼女は、マヌーに暴行されたと語った。そしてマヌーは村人のリンチでなぶり殺された。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() 悪夢のような夏がすぎ去る頃、マドモアゼルは、おしまれながら村を去った。だが、彼女の正体を知っているブルーノだけが、彼女の後姿に、ツバを吐きかけるのだった。 ![]() ![]() 「世間は、映画の中で風変わりな人物を演じる私を見すぎているのよ」 ![]() ![]() 「歌う女優」としては、ジェーン・バーキンと双璧を成す彼女だが、音楽の方も実にクオリティが高い。ジャンヌ・モローの代表曲で、 映画「突然炎のごとく」の主題歌「つむじ風」が1曲目に収められているCD。22曲目のインディア・ソングは、ラマン「愛人」の作者、マルグリット・デュラス自身が監督した同名映画の主題歌。またシャンソンにも造詣が深く、アルバム『Les Chansons De Clarisse(クラリッスの詩)』は必携モノの出来映え。ザラリとしたどこか知性を感じさせる声質と軽妙なタイム感――歌い手としても実に洒落たジャンヌの感覚に惚れ惚れすること間違いなしだ。 強い意志を感じさせる大きな瞳とへの字口は、多くのシワが刻まれた現在でも十二分に魅力的である。 ![]() ![]() ![]() 死刑台のエレベーター (1957) 監督:ルイ・マル 主な出演者:モーリス・ロネ/ジャンヌ・モロー/ジョルジュ・プージュリー 巨匠ルイ・マル監督が25歳の時に撮った処女作品。行き先を失った都会の男女の心情を描く。 ![]() 恋人たち (1958) 監督:ルイ・マル 主な出演者:ジャンヌ・モロー/アラン・キュニー/ジャン=マルク・ボリー ![]() 雨のしのび逢い (1960) /マルグリッド・デュラス 監督:ピーター・ブルック 主な出演者:ジャンヌ・モロー/ジャン=ポール・ベルモンド/ディディエ・オードパン ![]() 夜 (1961) 監督:ミケランジェロ・アントニオーニ 主な出演者:マルチェロ・マストロヤンニ/ジャンヌ・モロー/モニカ・ヴィッティ 愛を失った夫婦が失った愛を取り戻すため虚しい試みを繰り返す…。ミケランジェロ・アントニオーニ監督が“愛の不毛”をテーマに、人間の孤独と愛の断絶、不安と共感を描いた作品。 ![]() 突然炎のごとく (1961) 監督:フランソワ・トリュフォー 主な出演者:ジャンヌ・モロー/オスカー・ウェルナー/アンリ・セール フランスを代表する映画監督、フランソワ・トリュフォーが残した珠玉のラブストーリー。奔放な愛し方しか知らない女をめぐる二人の男を描く。ジャンヌ・モローほか出演。 ![]() エヴァの匂い (1962) 監督:ジョセフ・ロージー 主な出演者:ジャンヌ・モロー/スタンリー・ベイカー/ヴィルナ・リージ 兄の遺稿を自分の作品であると偽り、作家デビューを果たしたティヴィアン。新作が一向に書けない彼は、ある日エヴァという魅惑的な女性と出会い、虜になってしまった…。男を狂わせる魔性の女エヴァをJ・モローが熱... ![]() ![]() 小間使の日記 (1963) 監督:ルイス・ブニュエル 主な出演者:ジャンヌ・モロー/ミシェル・ピッコリ/ジョルジュ・ジェレ 若き日のジャンヌ・モローが主演した、ルイス・ブニュエル監督の作品。ミシェル・ピコリ、ジャン・クロード・カリエールほか共演。 ![]() 鬼火 (1963) 監督:ルイ・マル 主な出演者:モーリス・ロネ/ベルナール・ノエル/ジャンヌ・モロー エリック・サティの「ジムノペディ」が虚ろにこだまするパリにつづられる絶望と空虚の物語。ドリュ・ラ・ロシェルの『ゆらめく炎』を原作に、淡々と冷たく、人生の無為が、モーリス・ロネ演じる男に表徴されてゆく。ヴェネツィア映画祭審査員特別賞を受けた、ルイ・マルの巧みさに貫かれた傑作。 ![]() ビバ!マリア (1965) 監督:ルイ・マル 主な出演者:ブリジット・バルドー/ジャンヌ・モロー/ジョージ・ハミルトン 歌か革命か冒険か?モロー&バルドー、2大女優世紀の大競演! ![]() オーソン・ウェルズのフォルスタッフ(1965) 監督: オーソン・ウェルズ 主な出演者:オーソン・ウェルズ/キース・バクスター/ジョン・ギールグッド ![]() 黒衣の花嫁 (1968) 監督:フランソワ・トリュフォー 主な出演者:ジャンヌ・モロー/ジャン=クロード・ブリアリ/ミシェル・ブーケ ![]() バルスーズ (1973) 監督:ベルトラン・ブリエ 主な出演者:ジェラール・ドパルデュー/ミュウ=ミュウ/パトリック・ドヴェール フランスの映画界の鬼才、ベルトラン・ブリエが豪華キャストを迎えて映画化した青春ドラマ。出演はジェラール・ドパルデュー、パトリック・ドヴェールほか。 ![]() ファスビンダーの ケレル (1982) 監督:ライナー・ヴェルナー・ファスビンダー 主な出演者:ブラッド・デイヴィス/ジャンヌ・モロー/フランコ・ネロ ![]() ぼくを葬る(おくる) (2005) 余命3か月と宣告された31歳のフォトグラファーが、死に直面したことにより自分自身を見つめ直す姿をつづったヒューマンドラマ。 監督 フランソワ・オゾン 出演 メルヴィル・プポー 、ジャンヌ・モロー 、ヴァレリア・ブルーニ・テデスキ ![]() ■「ソイ・アナ......私はアナよ」幼年期の終わりに...■ ━━アナ・トレ ント/ビクトル・エリセ監督『ミツバチのささやき』━━ ![]() アナ・トレント<ANA TORRENT> ビクトル・エリセ監督『ミツバチのささやき』 ![]() 「ミツバチのささやき」(原題:「蜜蜂箱の精霊」) El Espiritu De La Colmena('73)スペイン 監督:ビクトル・エリセ 脚本:アンフェル・フェルナンデス=サントル ビクトル・エリセ 撮影:ルイス・クアドラード 音楽:ルイス・デ・パブロ 出演:アナ・トレント(7才) イサベル・テリュリア フェルナンド・フェルナン・ゴメス ![]() 風と陽光に晒されたスペインの荒原の寒村。見捨てられ忘れさられたような石造りの廃屋と滑車も錆びついたままの古井戸。孤立し外部から絶縁された閉ざされた空間。 丘から駈け降りていって白い小さい点のようになってしまうアナとイザベルを1ショットでおさめている名シーン.....。 スペインの映像詩人ビクトル・エリセの処女作。生涯何本もない愛すべき傑作! サン・セバスディアンでグランプリ(黄金の貝殻賞)受賞、シカゴ国際映画祭で銀賞(シルバー・ヒューゴー賞)受賞。 ![]() 全てを見透かすかのような真っ直ぐで無垢な眼差し...。 ![]() 舞台は40年代、スペイン内乱がファシストの勝利に終わり数年が過ぎた時代、カスティーリャ地方のオユエロス村に巡回映画館がやってくる。 その演目はボリス・カーロフが演じる「フランケンシュタイン」(ジェイムズ・ホエール1931)。 ![]() イザベルとアナの姉妹は二人で映画を見に行くが、6才の少女アナにはその物語が理解できない。アナには、少女となかよく遊んでいたフランケンシュタインが、なぜ少女を殺したのかが理解できないのだ。そして、映画のラストでフランケンシュタインが殺されたことも、アナには分からない。アナは「なぜ殺したの?」と何度もイザベルに聞く。そんな妹を姉のイザベルはからかい、フランケンシュタインは精霊で村の外れに隠れ住んでいるのだと教える。アナはそれを信じ込んでしまう。そんなある日、彼女がその家を訪れた時、そこで一人のスペイン内戦で傷ついた負傷兵と出合い……。 ![]() イサベルは線路に耳をあて、アナは遠くの何かを見つめるように立つ。 ![]() ![]() ![]() イザベラはアナに残酷ないたずらを仕掛ける。 死んだ振りをしてアナを驚かせ金切り声でアナを笑うイザベラ。 またイサベルが猫の首を絞めて指を噛み付かれ、自分の生き血で口紅をつける真似をするシーンも象徴的。 ![]() 少女たちが焚き火を飛び越える遊びを庭で行ない、イザベルは焚き火を飛び越える。火の上を飛び越すアナベルはスローモーションで写される。アナは焚き火遊びに加わらず、座ったままだ。幼いアナと違い、イザベルは軽々と火を飛び越えるように、現実をそのまま受け入れている。 ![]() アナはイザベルに、なぜフランケンシュタインが女の子を殺し、怪物も殺されてしまったのかと聞く。眠りたいイザベルは答えたがらないが、アナがせがむので、こう答える。 「怪物もあの女の子も殺されていないわ。映画のなかの出来事は全部嘘だから。」 ![]() 「あれは精霊なのよ。私は見たことあるわ。昼間は見えなくて、夜にだけ見えるの。目を閉じて呼び掛ければ、現れるのよ。友達になれば、いつでもお話できるわ。 目を閉じて『私はアナ』と呼びかければ」 ![]() ![]() 人気のない窓辺に寄って、筒型の網の中をゆききするミツバチのささやきに少女はいっとき耳をかたむける。ミツバチの小宇宙に感嘆する父親。世捨て人のように、心を閉ざし、妻ともほとんど会話せず研究に没頭し、夜中、ノート(言葉)に入り込んでいく。母親は国境の向う側にいるだろう人に手紙を書きつづけている。 ![]() フランケンシュタインがいるとイザベルが言ってた廃屋。そこには、右足を怪我した脱走兵が隠れてていた。 「りんごを差し出すアナ」 むさぼるようにりんごを食べる脱走兵。 アナは廃屋にいる脱走兵に、父親フェルナンドの洋服や時計を持っていき、傷ついた右足に包帯をまいてあげる。脱走兵は、時計を使う手品をしてアナを喜ばせる。アナと脱走兵のふれあい。それは、アナにとっては初めてのコミュニケーションであり、人と人とのふれあいであった。 しかし、脱走兵は兵士たちに殺されてしまう。 ![]() 脱走兵が殺されてしまったことを知ったアナは、まるで神隠しにあったようにひとり森に逃げ込み森をさまよう。 アナを呼ぶ母親の声が虚しく響く.....。 小川の流れを見つめるアナ。ふと気づくと川面にフランケンシュタインの顔が映しだされる。振り向くと、フランケンシュタインが映画で見たのと同じように立っている。フランケンシュタインは、じっと見つめるアナにゆっくりと近ずきアナの顔をなでる。そして、アナは気を失う。 ![]() ![]() ![]() 映画『フランケンシュタイン』における少女の死→イサベルの擬死、夜の森でアナが見た『フランケンシュタイン』の幻影→脱走兵→アナ的解釈としての『フランケンシュタイン』、ミツバチのささやき→精霊の声、というイメージの連鎖が実に幻想的な効果を高めていて見事です。幼年期に別れを告げなければならない季節の子供の”純粋な好奇心=童心”がそのまま美しい映像に結実し、我々大人の心に優しく響いてくる稀な映像詩です。 ◇~◇~◇~◇~◇~◇ ![]() 『カラスの飼育 (1975)』 監督・脚本: カルロス・サウラ 撮影: テオドロ・エスカミーリャ 出演: アナ・トレント(9才)/ジェラルディン・チャップリン ![]() 母親と父親を次々に失った少女が 次第に幻を見るようになっていき過去と現在が混同されるようになってゆきますが、そのことが純粋な子供であるが故に違和感なく受け入れられていく不可思議さ。 アナ・トレントのその深い瞳に、吸い込まれてしまいそう! 子供の無邪気な残酷さや心の闇が、よく表現されている。 ![]() ◇~◇~◇~◇~◇~◇ ![]() 『エル・ニド(1980)』 監督: ハイメ・デ・アルミニャン ![]() 出演: アナ・トレント(14才)エクトル・アルテリオ ![]() これまた愛すべき名作! スペインの田舎町を舞台に、妻に先立たれた初老の男アレハンドロと、13歳の娘ゴジータ(アナ・トレント)の交流の中に無償の愛を描きあげた名作! ![]() アレハンドロは、周囲に溶け込めないタイプの人間で、人と反対の事をして、孤独で、音楽やチェスを好み、銃を集め髭を生やし、時々-稀にだが帽子をかぶっている。森の中でも、心の中に聴こえてくる音楽に夢中で指揮の手を振る...そんな男。 U^ェ^U ワタシモソンナオヤジニナリタイ U^ェ^U ![]() 純愛ゆえにアレハンドロの孤独な魂は愛に飢えるように彷徨し、少女の魔性に悲劇へと誘われ悲劇に到達する物語である。物語は大人と少女、二つの孤独な魂の邂逅と悲劇的な結末という点で名作「シベールの日曜日」と共通するところがあります。『シベールの日曜日』のパトリシア・ゴッジの様な愛くるしい演技とは対照的に、14才のアナ・トレントは見事に少女の持つ残虐性を見事に演じています。エル・ニドとは巣という意味。 ![]() 『シベールの日曜日(1962)』 監督:セルジュ・ブールギニョン 撮影:アンリ・ドカエ 出演:ハーディ・クリューガー/パトリシア・ゴッジ/ニコール・クールセル ◇~◇~◇~◇~◇~◇ ![]() 『テシス/次に私が殺される(1996)』 監督: アレハンドロ・アメナバール 脚本: アレハンドロ・アメナバール/マテオ・ヒル 撮影: ハンス・バーマン 音楽: アレハンドロ・アメナバール Alejandro Amenabar 出演: アナ・トレント/フェレ・マルティネス/エドゥアルド・ノリエガ ![]() 『オープン・ユア・アイズ(バニラ・スカイ)』のアレハンドロ・アメナバール監督が弱冠23歳にして作り上げた衝撃作。一本のスナッフ映画の真相を知ってしまった女子大生の恐怖を描いたサスペンスホラーの名作。繊細な美女に成長したアナ・トレント演じる主人公アンヘラの周囲にジワジワと迫り来る殺人の予兆、初めから最後までギリギリまで追いつめられる恐怖感を盛り上げるアレハンドロ・アメナバールの見事な演出が話題を呼んだ。 ![]() ◇アナ・トレント<ANA TORRENT>◇ 生年月日 1966年7月12日 出身地 スペイン・マドリード ![]() ◇アナ・トレント<ANA TORRENT>出演作◇ ■次に私が殺される(1996) ■捕らわれた唇(1994) ■バカス<未>(1991) ■血と砂(1989) ■血と砂・完全版<未>(1989) ■エル・ニド(1980) ■カラスの飼育(1975) ■ミツバチのささやき(1973) ![]() ◇ヴィクトル・エリセ<Victor Erice>◇ 「人間は経験を測定するために”時間”を発明したのだ。」 1940年スペイン、バスク地方のカランサ生まれ。長編第一作が『ミツバチのささやき』、10年に1本というスタンスで映画を撮り続けています。 代表作(長編は3本しかありません)は『ミツバチのささやき/El espiritu de la colmena』や 『エル・スール/El Sul』そして1992年の『マルメロの陽光』のみ。 寡黙でありながらも心の奥底に訴えかける作品を撮っている名匠です。 ![]() ■10ミニッツ・オールダー「ライフライン」(2002) 名前を聞いただけでトキメイテしまう映画史に輝く巨匠監督たちが10分間という定められた時間の中で競作した短編集。ヴィクトル・エリセ10年ぶりの新作は”誕生と家族”をテーマに実に豊穣なイメージを美しいモノクロ映像で魅せてくれます。 ![]() ■マルメロの陽光(1992) ■エル・スール(1982) ![]() ■ミツバチのささやき(1973) ![]() ![]()
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